世界が認めた薄皮あんぱん
今から十数年前。
大学の研究室で秘書として働いて、仕事にも少し慣れたころのことだ。
翌日に国際セミナーを控え、あれこれ準備に走り回っていた。
受付の名簿やネームプレート、コーヒーブレイクのポットからお弁当の注文まで、「これでだいたい準備はいいね」と先輩秘書と話した。
帰り支度をしていると、部屋に来た先輩Mさんが少し不満げに「H先生がね、おやつにR屋のお饅頭を出したいなんて言うの」とポツリと言った。
「今ごろ言われても、無理ですよね。
それに数が揃うかどうか…」と、私はすっかり諦めたように答えた
しかしそこは、無理だとわかっているからこそ出来る限り応えようとする秘書魂?
Mさんはしばらく考えていたが、パッと笑顔になり「ヤマザキの薄皮あんぱん、どうかしら!」と言った。
はあっ?と思ったが、確かにあれはR屋のお饅頭に負けない美味しさ、小腹満たしにもなる名案だと思った。
決まれば早かった。
半径7、8キロにあるスーパーをふたりで手分けして、薄皮あんぱんを買いに走った。
ガラケーの時代、時々お互いの収獲を報告し合いながら、集合場所の酒屋に来た時、薄皮あんぱん十数袋が集まっていた。
当日会場の隅のテーブルに、コーヒーやお菓子と一緒に薄皮あんぱんを小高く積んだ。
セミナーが終わって数日後、海外からの参加者に薄皮あんぱんが好評だったと聞いた。
機転が利くMさんの仕事ぶりは、あの薄皮あんぱんの思い出とともに、今も私を力づけてくれる。
こちらが頑張るほど当たり前になるのは困る。
わがままも休み休みにしてほしい。
その一方で、誰もやらない名もなき仕事を、自分で気づいては片づけていく。
その結果大会が成功すれば、やはり嬉しい。
ただ、華々しい最先端の研究発表の裏側で、こんなパートのおばちゃんが走り回ってるなんてことは、誰も想像していないだろうけれど。