「日常に宿る輝き」──映画『パーフェクト・デイズ』を観て感じたこと※ネタバレあり
2023年5月に第76回カンヌ国際映画祭で初公開され、その後、2023年11月17日に日本国内で劇場公開されたヴィム・ヴェンダース監督の『パーフェクト・デイズ』。私はこの映画を観て、日々の何気ないルーティンの大切さや尊さを改めて感じさせられました。主人公・平山の一日一日の積み重ねを通じて、どんなに小さな瞬間にも意味が宿り、心が満たされることがあるのだと気づかされます。
この作品は、静かでありながら深く心に響く映画であり、平山という主人公が送る穏やかな生活を描いた中で、「幸せとは何か」「充実とは何か」という普遍的な問いを私たちに投げかけます。この素晴らしい作品をきっかけに、平山の生活を掘り下げ、その魅力と映画が持つ深いテーマについて考えていきたいと思います。※一部ネタバレを含みます。個人的にはネタバレがあっても楽しめる映画だと思っていますが、気にされる方はご注意ください。
トレーラーリンク
背景:東京の公衆トイレプロジェクトと映画化のきっかけ
映画『パーフェクト・デイズ』の製作のきっかけは、渋谷区内17か所の公共トイレを刷新する日本財団のプロジェクト「THE TOKYO TOILET」でした。このプロジェクトは、公共トイレを単なる施設以上のものとして捉え、著名な建築家やアーティストによるデザインで、機能的かつ美しい公共空間を目指した取り組みです。
プロジェクトを主導した柳井康治氏(ファーストリテイリング取締役)と協力者の高崎卓馬氏は、活動を広めるために短編映画を計画。その監督としてヴィム・ヴェンダースに依頼。当初は短編オムニバス作品の構想でしたが、日本滞在中のヴェンダース監督が触れた日本の折り目正しいサービス・公共空間の清潔さ、そして人々の仕事への誠実な姿勢に感銘を受け、物語を長編映画として構築されるようになりました。
余談ですが・・・主人公「平山」の名前は、ヴェンダース監督が敬愛する小津安二郎監督作品で繰り返し登場する名前から着想を得ています。この設定には、ヴェンダース監督の日本文化への敬意が込められています。撮影は東京都内を中心に17日間にわたって行われ、役所広司氏をはじめとする俳優陣は、プロの清掃員から学びながら役作りを進めました。
1. 物語の背景と平山の生活
主人公・平山(役所広司)は、東京スカイツリー近くの古びたアパートに一人で暮らす中年のトイレ清掃員です。毎朝薄暗いうちに起き、決まった手順で身支度を整え、ワゴン車に乗り込みます。車内では愛用のカセットテープを聴きながら、渋谷区内に点在する公衆トイレを丁寧に磨き上げる日々を送っています。
一方で、若い同僚のタカシ(柄本時生)は、遅刻や手抜き作業が目立ち、ガールズバーの女性アヤ(アオイヤマダ)との関係を深めたいと金銭面で悩んでいます。そんなタカシを横目に、平山は小さな楽しみを大切にしながら、規則正しい生活を続けています。
仕事が終わると平山は銭湯で汗を流し、いつもの居酒屋で簡単な食事を済ませ、夜は文庫本を読んで眠りにつきます。その夢の中では、日中に見た風景や出来事が幾重にも重なり、幻想的な映像が広がります。
2. 平山の日常の魅力:ミニマリズムと幸福感
平山の毎日は単調に見えますが、彼が生活を丁寧に営む姿には、観る者の心を静かに揺さぶる力があります。日々のトイレ清掃は、ただの作業ではなく、完璧を追求する職人技のように見えます。同僚のタカシから「真面目すぎる」と揶揄されても、平山は淡々と自分の仕事を全うします。
一方で、帰宅後には自分の時間を大切に過ごします。古本屋で購入した文庫本を読む、カセットテープでお気に入りの音楽を聴く──そんなささやかな習慣が彼にとっての「パーフェクト・デイズ」です。物を持たないミニマリストのような生活スタイルが、平山の感性の豊かさや美意識を際立たせています。
3. 同じ日なんて1日もない:小さな変化の積み重ね
平山の規則正しいルーティンの中にも、毎日は少しずつ異なる表情を見せます。天候が変わる、偶然の出会いがある、予期せぬ出来事が訪れる──そうした微細な変化が、映画全体を穏やかに彩っています。
その象徴的な出来事の一つが、家出してきた姪のニコ(中野有紗)との再会です。突然、ニコが平山のアパートを訪れます。最初は距離感がありながらも、ニコが平山の清掃の仕事に同行する中で、二人の間に温かなつながりが生まれます。
平山は普段多くを語りませんが、まだ幼さを残すニコには、彼なり言葉をかけます。ニコとの会話の中で見える、彼の言葉が観る者の心に響きます。
4. 平山が語る言葉の深み
普段は無口で、自分の感情を多く語らない平山ですが、姪のニコとの交流の中で彼が口にするいくつかの言葉は特に印象的です。その一つが、彼がニコに語るこのフレーズです。
「今度は今度、今は今。」
この言葉は、未来に目を向けすぎることなく、今この瞬間を大切にすることの重要性を端的に表しています。個人的な話ですが、私は日常生活に瞑想を取り入れています。昔「呼吸に意識を向け、今の自分に集中する」という教えを瞑想の先生から学びました。その教えを通じて、未来ばかりを気にして不安やネガティブな感情に囚われていた自分に気付き、今この瞬間に意識を向けることの大切さを実感したのを思い出しました。
さらに、普段取り組んでいるカリステニクス(自重トレーニング)も同様です。一瞬一瞬の動作やフォームに集中すること(下手ですが)で、自然と「今」という時間に向き合うようになります。大げさに言えば、瞑想やカリステニクスでの体験は、私の人生そのものに影響を与えました。「今」に集中することで得られる生きている実感は、日々を豊かにしてくれるのだと感じています。
また、平山が語るもう一つの言葉も私の心に深く刺さりました。
「この世界は、ほんとはたくさんの世界がある。つながっているようにみえても、つながっていない世界がある。」
この言葉を聞いたとき、私は自分の人生と重ね合わせずにはいられませんでした。家族や友人、同僚など、日常生活の中で私たちは多くの人と「つながり」を持っています。しかし、最終的には誰もが「独り」で死を迎えるという事実があります。この言葉には、その悲観的とも思える現実を突きつけられる一方で、それを再認識することで逆に自分を強く持たせてくれる、ポジティブな力を感じます。
つながりを持ちながらも孤独であるというこの矛盾した事実は、私たちが生きる中で必ず向き合うべきテーマです。しかし、平山がこの言葉を語ることで、観る者に「それでも自分の世界を丁寧に生きていくことの尊さ」をそっと教えてくれているようにも感じました。
平山の言葉にはシンプルな美しさがあり、それが映画全体のテーマ──「日常を丁寧に生きることの尊さ」を鮮やかに浮かび上がらせています。
まとめ:日常に宿る小さな輝き
『パーフェクト・デイズ』は、日々の生活に宿る美しさや尊さを静かに描き出した作品です。平山という一人の男の日常を通じて、私たちは「生きるとは何か」「幸せとは何か」という普遍的な問いを投げかけられます。
平山が送る規則正しい生活の中には、彼なりのこだわりや小さな喜びが散りばめられています。それは、私たちの日常にも同じように存在しているのではないでしょうか? 些細に思えるルーティンや一瞬一瞬の出来事が、実は人生そのものを形作っていることに気付かされます。
また、平山が語る言葉や、彼とニコとの交流からは、孤独やつながり、今を生きることの意義について深く考えさせられます。この映画は、そんな「生きることの本質」に優しく光を当て、私たちの心をそっと温めてくれるような作品です。
日常に埋もれがちな幸せのかけらを、丁寧に拾い上げて包み込んだような『パーフェクト・デイズ』。現在は劇場公開が終了しているため、以下のサブスクリプションサービスで視聴することができます。
Amazon Prime Video
2024年12月20日から見放題での配信がスタートしました。Amazonプライム会員であれば追加料金なしで視聴できます。
https://www.amazon.co.jp/gp/video/detail/B0DLBSZZ62/ref=atv_dp_share_cu_r
U-NEXT
2024年6月6日から独占配信が開始されました。初回登録時には31日間の無料お試し期間があり、600円分のポイントが付与されます。このポイントを利用して追加料金なしで視聴可能です。