TANABATA Legend
「1年で1回しか会えないなんて。その分、今日は最高の1日だよね。」
先輩は小さくつぶやいた。
おそらく織姫と彦星のことを言っているのだろうとは察しがついた。
今日は7月7日。七夕だ。
オフィスの窓へ目をやると、外はすっかり闇に包まれていた。
朝から降り続いている雨は、激しさを増すばかりで、「ロマンチックな夜空に天の川」とはいかないが。
小さな頃は、七夕に雨が降っていると、子供心に、「織姫と彦星、ちゃんと会えたかなあ」と心配になったものだ。
梅雨前線の影響で、曇り空だったり、今日みたいに雨だったり、
七夕に見上げる空はいつもそんな感じだったと記憶している。
1年に1回のデートが雨なんて。どんな気持ちで迎えるのだろう。やっぱり気分が沈んだりするのかしら。それとも、天気なんて気にならないほど、嬉しいのだろうか。
そんなシチュエーションに巡り合ったことがないので、想像できない。
なーんて考えていると、先輩がこちらに身を寄せてつぶやいた。
「あたしちょっと憧れてるのよね」
「何にですか?」
「織姫と彦星。」
いたずらっ子みたいに先輩が笑う。この笑顔は最強にかわいい。女の私ですら、胸の奥の方がきゅんとする。
「だって1年に1回だよ?その1回に向けて、1年間自分を高めていくの。去年の私より魅力的になった私をみて、彼がメロメロになる様子を想像しながらさ。」
「でも会えない間寂しくないですか?」
なんでよ! と憤慨する。
「そりゃ、明日には、今日の逢瀬を思い出して切なくなって、もう立ち直れないほどの悲しみに包まれるでしょうね。でもね、その次の日には、よし!また会える日に1日近づいた!って元気になるのよ。そしてまた自分磨きを始めるの!」
つまり、会えない期間を数えるのではなく、「あと何日したら会える」とカウントダウンする思考のようだ。
「そうすると、泣きはらしてぼんやり過ごしている時間はないのよ!最高の1日のために自分を高めていかなきゃ!」
さすが。バリキャリの先輩らしい発想だった。
一人で過ごす寂しい時間ではなく、自分磨き、スキルアップの時間。
そしてそれが、最愛の人と過ごす1日のためだとしたら、なんて素敵な1年の過ごし方だろう。
「ロマンチックですね」
「ふふ♡私にはそれくらいが丁度いいのよ。好きな人がそばにいると、仕事と恋愛、どっち頑張ればいいのか分からなくなっちゃう。今はとりあえず、仕事に全力投球したいだけよ。」
それだけ言うとパソコンに向き直る。
その美しすぎる横顔につい見とれてしまう。
先輩の為なら喜んで、彦星にもなろうと言う人はたくさんいると思うけど…
「それにね。」
先輩がくるりとこちらを向く。
「1年後にまた会いましょう、なんて約束、絶対的信頼がないとできないでしょ? これ以上ない信頼の証よ。私そういうのに憧れてるの。」
まっすぐ見つめられてどきどきしてしまう。
1年後にまたここで会いましょう。
確かに、相手が来てくれる保障はない。
心変わりや不慮の事故、天変地異は世の常だ。
それでもその約束ができるのは相手を信じているから。
自分と同じように、相手も私を思い続けてくれると信じられるから。
絶対的信頼こそ愛。
先輩の話を聞いているとそう思える。
「深いですね。」
「それくらい思い合えると素敵だなって。でも現実問題、重いよね」
2人して声を出して笑う。
隣の席の織姫が、七夕伝説を始めるのはまだ少し先になりそう。