雨がスターを連れて来た
雨は遥か遠くの方から、美しい次の季節を連れて来る。
怒涛のように毎日が過ぎていく中、忙しくて自分の髪の毛も神経も、この世界の全てがささくれ立っているんじゃないか?と思う。
けれども雨は全てをしっとりと覆い尽くし宥めてしまう。パンパンになっていた心から空気が抜けた。ぷしゅっーーーー。
休日だったので、午前中にあるオンライン会議は自宅で出れば良いとも思ったが、色々と仕事が溜まっているので出勤することにした。
嘘。それは口実で、実は今月初めにIちゃんが「昼休みにキャッチボールに来れる日」と指定してくれたうちの1日が今日だったから。
と言っても1年前に退職しているし、同時期にお引越しもしている。もはや、もう、あの懐かしの阿佐ヶ谷のIちゃんではないのだ。遠いし、雨だから来ないだろうなあ。
と思っていたら、やって来た。今回の冷たい雨は、カッパ来てチャリに乗ったIちゃんを連れて来た。(この人はどんな遠いところでもチャリで行動する。)
最初は玄関前の軒下でやっていたが、肩が温まって来ると思いきり速球を投げたくなるし、受け止めたくなる。ので、予想通り二人とも軒下からはみ出てビショ濡れでやっている状態になった。
職場が同じだった頃、1部の人たちによく言われたのが「いったい何のためにキャッチボールなんてやるの?」という質問だった。
何のため?と言われても困るよなあ。ある種の親がよく子供にする質問だよね。「それやって何になるの?」
当時、私は「もう、うざいなー。何で好きでやっていることがいちいち何かのためじゃないといけないんだよ。ね?うざくね?」と漏らしていたが、そんな時のIちゃんは、何も答えなかった。無言でただボールを投げてくるだけ。
彼女は陰口や噂話が徹底的に嫌いだった。いや、特に悪口でなくとも、その人がいない場所でこうして愚痴るという行為にすら決して同意しなかった。
それはそうと普通にキャッチボールやっている時でさえ、あんなこと言われていたのだから、こんな雨の中でやっているところをあいつに見られたら面倒くさいなーと思っていたところ、予感的中。
玄関が開いて「えーー?!信じられなーーい。何やってんの?濡れてんじゃん。何でそんなことしてんの?」。
イラっとした。
最近疲れていたのでついつい怒鳴りそうになったその時だった。
Iちゃんが先に叫んだ。
「プロを目指していますっ!」
え?となっているその人に
「二人でプロを目指していますっ!応援よろしくお願いします!」と繰り返す。
「・・・・・・。」と、しばし無言になった後、苦笑いしながら引っ込んで行った。
窓が開いている事務所からはドッ!と笑い声が聞こえて来た。
私はこの人といると、しょっちゅう自分の小ささを思い知る。
それが悔しくて、大人げないほど力いっぱいの剛速球を投げた。パーンッ!
「ナイスボール!」と両手をあげるその仕草と
この日の美しい雨に 感謝&敬礼。