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アートも建築も街も、様々な角度から見たら もっと面白い!|マツモト建築芸術祭2023
2023年、長野県松本市で開催された「マツモト建築芸術祭2023」。今年で2回目となる、「アート」と「建築」を組み合わせて楽しめるというユニークな芸術祭です。
「アート」と「建築」という組み合わせが面白いだけでなく、それぞれを様々な角度から見ることでより楽しめる芸術祭でした。
今年の会期は2月26日で終了してしまいましたが、2023年の様子をご紹介します。
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MISSISSIPPIによる壁画
1)正面から 内部から そして歴史から… 様々な角度から「建築」を知る。
今回の会場となっているのは、松本市内の近現代建物。古いものは明治時代、新しいものは5年ほど前につくられた建築物まで。今回の展覧会では、そうした建物の正面だけでなく、中に入ってその建築を楽しめるのとともに、周囲を回って様々な角度から観るのが面白かったです。
建築そのものだけでなく、建築にまつわる歴史やエピソードも楽しめるのもまた魅力。
▍上土シネマ(建築年:大正6(1917)年頃) × 河合 政之
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芸術祭のスタートは、こちらの映画館から。こちらで、オンラインチケットをパスチケットと交換します。
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大正6(1917)年に『松本電気館』として開業し、平成20(2008)年まで、約90年、地元ファンの憩いの場として愛されてきたという映画館。シネコンが一般的になった今、懐かしいタイプの映画館ですよね。会場のそこら中に懐かしい雰囲気が残り、最後の上映で使われたというレトロな看板も掲出されていました。
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建物の前面は今は鋼板で覆われていますが、もともとはレリーフを多くあしらった洗い出し仕上げの外壁だったのだとか。
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今回の展示では、中でヴィデオ・アーティスト 河合政之さんの作品が、映画のスクリーンで上映されています。
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▍割烹 松本館(建築年:昭和10(1935)年頃) × 福井 江太郎
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今回、建築の中で特に見られて良かったなと思うのが、国登録有形文化財の「割烹 松本館」。明治23(1890)年創業の老舗料亭です。
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目黒雅叙園に感銘を受けた2代目当主が、「松本にも賓客をもてなす施設を作りたい」と昭和10年につくられたという木造建築。その中の、天井に鳳凰の絵が描かれた、99畳の大広間『鳳凰の間』には、本当に雅叙園のような豪華絢爛な天井画、襖絵、柱の彫刻等々…!贅の尽くされた広大な空間にため息が出ます。
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壁面には、その広大な空間を活かした福井江太郎さんのダイナミックなダチョウの日本画も迫力です。
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なお、この『鳳凰の間』を外から見るとこんな感じ。正面玄関や、内部とのイメージとはまた違い、歴史を感じさせますね。
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▍かき船(建築年:昭和8(1933)年(当初は船)) × 中島 崇
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一番驚いた”建築”は「かき船」。正面から見ると普通のお店のようですが…
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横から見ると…川に浮いた船のようにも見えます。
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わたしは初めて知ったのですが、明治から昭和まで、河川に船体を係留して広島の牡蠣料理を提供する「かき船」という屋形船が全国にあったそう。こちらのお店も、もともとは船として営業していたものの、昭和12年に船底から浸水したため、杭の上に船を乗せる形で桟橋に固定されて「建築」になっているのだそうです。
「船」から「建築」へと姿を変えつつも、現在では”絶滅危惧種”でもある〈カキ船〉の現存する民俗資料の意味合いも持っているようです。ちなみに、今も牡蠣のお店として営業しているそう。次は中に入って料理も食べてみたいなと思いました。
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そして、こちらはかき船の周囲で、中島 崇さんのシルバーのテープの作品が川に渡され、夕日に輝いていました。
▍珈琲茶房かめのや(建築年:昭和34(1959))× 飯沢 耕太郎
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明治44(1911)創業の老舗菓子店「翁堂」が、来店するお客さんのために昭和34年につくったという上喫茶「翁堂茶房」。60年ほど続いたお店は2015年に閉店したものの、内装や調度品などはそのまま使うことを条件に現店主が借り受け2016年に、自家焙煎のコーヒー専門店としてリニューアルオープンしたそうです。
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こちらは、並んだものの入れなかったので内装は見られませんでしたが、当時からの内装と中庭、そして、レトロな”喫茶店”メニューも素敵な雰囲気です。
現在、2Fは焙煎所として使われているようですが、建物を側面から見てみると…
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かつての「翁堂の茶房」の文字が。ここにもかつての建物の記憶が残っているんですね。
2) 「建築」と「作品」とが繋がる。
「建築」と「芸術」が一緒に楽しめる「建築芸術祭」。展示作品は、会場にあわせて作られたものばかりではありませんが、建築の内装や、素材、その建物の持つエピソードと合った作品など、つながりが感じられる作品も多数ありました。
また、作品も、ファインアートだけでなく、デザインやイラストといった様々なジャンルがみられるのもユニークな芸術祭です。
▍池上邸 土蔵 (建築年:明治時代)× 井田 幸昌
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かつて庄屋を務めていた家の土蔵で、外部腰壁はなまこ壁ではなく、モルタルの鏝(こて)仕上げと洗い出し仕上げをモダンに組み合わせられたもの。内部には物を置いた際の壁の保護を目的に、壁の下半分に落とし板が入れられています。
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ここで展示を行う井田 幸昌さんの作品は、絵画ではなく立体作品。”本作品は何千年の歴史を持つこの美しい国、日本を象徴するものとして制作した。”という、天に昇る蛇《月読命》。土蔵の中は真っ暗ですが、少し扉を開けると、その灯りで、室内の板壁の空間に浮かび上がる作品からは神々しさも感じられます。
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▍池上百竹亭 茶室(建築年:昭和33(1958)年) × ステファニー・クエール
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「池上百竹亭 茶室」は、昭和33年に京都から茶室専門の大工を呼んで作らせたという本格的な茶室。現在は、芸術文化の振興を図るための社会教育施設となっているそうです。
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その茶室空間にある作品は、英国・マン島で作品制作を行うステファニー・クエールによる、粘土で制作された動物たち。にじり口からひとりずつ中を覗いてみると、小さな茶室の中に華道家・上野雄次さんの手掛けた森のような空間が広がり、見えづらい場所にまで、粘土でつくられた勢いのある手跡がのこるような様々な動物たちが配置されています。
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粘土細工の作品だけでも見応えがありますが、小さな茶室と空間構成との組み合わせがより作品を引き立てているような展示でした。
▍旧高松屋商店(建築年:昭和36(1961)年)× 村松 英俊
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もともとは明治期創業の車鍛冶業を営んでいた高松屋商店の建物で、緑のタイルに窓ガラス、社名の文字板が魅力的な建物です。1階の右半分は昭和50年代に貸店舗にし、内装は大きく変更されており、今回はこちらで展示が行われています。
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1階の袖壁には、昭和30~40年代(1955〜1974)に流行した材料で、「昭和の香り漂う建築」の床や壁、カウンターや造作材に多く見られるというテラゾー(人工大理石)が貼られています。
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ここでの作品は、大理石をはじめとした石と日用品を組み合わせた作品を制作する村松英俊さん。プラスチックのようにも見える作品や、植物のように柔らかく見える作品など、大理石の素材のイメージも変わって見える作品です。
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▍信毎メディアガーデン(建築年:平成30(2018)年)× 井村 一登
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今回の会場では最も新しい、2018年築の伊東豊雄さんの「信毎メディアガーデン」。正面のルーバーが印象的な建物ですが、上層部や背面から見たときには格子状のガラス印象的。松本城の城下町で「櫓」をイメージしたものだそう。
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この中の展示でユニークなのは、そのテラス(屋外)に展示室の小屋がつくられているという構造。展示室では、井村 一登さんによる作品が展示されています。
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最古の人工の鏡である黒曜石を、様々な土地のものを砕いて混ぜ、溶かして、現代の鏡の素材でもあるガラスを制作。最初は独立したように見える作品から、徐々に黒曜石がガラスになっていく過程が、つながって見えて来きます。
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なお、松本市内には歩ける距離の場所に、伊東豊雄さんの「まつもと市民芸術館」もあります。伊東豊雄さんは、幼少期は長野にいらしたというつながりがあるんですね。
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3) 歩いて巡って。 街が高い解像度で見えてくる。
この芸術祭の良いなと思ったところのひとつが、展示のコンパクトさ。会場の多くは松本城から800メートル以内にあり、最も遠い作品間でも徒歩30分程度で歩いて回ることができます。
歩いてみて気づいたのは、車や自転車での移動に比べ、歩いて回ることで街の解像度が上がるというか、作品以外の街並みも楽しめるのが新鮮でした。
▍かわかみ建築設計室(建築年:大正14(1925)年) × MISSISSIPPI
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もともとは大正時代に建てられた医院併用住宅で、昭和50年代に解体される予定だったものの、解体の相談を受けた建築士が「壊すのは忍びない」と買い取り、建築設計事務所として活用しているという建物。
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会場では、今回の「マツモト建築芸術祭」のメインビジュアルも手掛けるMISSISSIPPIさんのイラスト作品が展示されています。
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さらに、2階には、松本市内の街づくりの資料が展示されていて、建築や看板、それらの歴史と意匠など、街に関する様々な写真と資料を見ることができました。
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また、こちらで「まつもと水巡り」というマップもいただきました。この後に展示を巡っているうちに、松本は水がとても綺麗であることに気づくのですが、それらは湧水によるものだということも知りました。(街中の水路にニジマスが泳いでいるのも見かけて、驚きでした。)
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▍松本市役所本庁舎 展望室(建築年:昭和34(1959)年) × 中島 崇
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松本城の隣に建つ松本市役所本庁舎。鉄筋コンクリート造6階建て(屋上階含む)の屋上に小さな展望室がありました。高層ビルの展望台のような眺めではないものの、松本城を俯瞰できる市内随一の展望スポットであり、周囲にも高い建物がないので、街が一望できます。
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▍ALPS COFFEE LAB(建築年:明治27(1894)年)× 飯沢 耕太郎
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明治時代に倉庫として使われていたという建物をリノベーションしたカフェです。江戸時代後期の松本は水運が盛んだったそうで、このお店の目の前にある女鳥羽川に面した裏小路側には商家の倉庫が多く立ち並んでいたのだとか。
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カフェの2階の天井には「牛梁」と呼ばれる大きな梁があり、築年と建主の名前が墨書きされています。
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ちなみに、こちらのアルプスコーヒーラボは、「既成概念をリセットした製法を探求し、これまでにないコーヒー体験をお届けします。」というカフェで、生豆をラム酒に浸けて焙煎した「ラムコーヒー」や、生豆をりんごと一緒に発酵させた「リンゴコーヒー」など、珍しいスタイルのコーヒーも取り扱っていて、美味しかったです。ただ作品を巡るだけでなく、こんなお店と出会えるのも嬉しいですね。
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まとめ
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2回目となる今回はじめて伺った「マツモト建築芸術祭」ですが、アートも建築もそれから街も、こうしたイベントを通じて様々な角度から見ることができる興味深いイベントでした。
建築も、いわゆる「名建築」ばかりではなく、普通に旅行をしていたら名前も分からないようなひとつひとつの建物から、歴史と地域との関わりが見えてきました。
次回開催されたときにも是非また行きたい、そして、オススメしたいイベントです。
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