ゲンロン戦記
"いまの日本には、もっと地味に啓蒙をする知識人が必要です(中略)本書で『誤配』と呼んできたものは、つまり啓蒙のことなのです。"2020年発刊の本書は、知のプラットフォーム構築を目指している"小さな会社"ゲンロンの10年における実践と失敗を振り返った語り下ろしの一冊。
個人的には、著者の批評家としての『動物化するポストモダン』『弱いつながり』『ゲンロン0 観光客の哲学』といった本こそ面白く読んできましたが。運営している会社のゲンロンカフェや動画配信までは把握していなかったので、興味を持って手にとりました。
さて、そんな本書はライター石戸諭の著者へのインタビューを編集、2010年に創業したゲンロンの10年の歩み。それを【著者視点から振り返る形で】主に華々しく会社を立ち上げ一見成功しているかのように見えた裏側での危機。仲間の離反や資金ショート、組織の腐敗や計画の頓挫などの【経営面での失敗、そこから学んできた事】が素直な語り口で書かれているのですが。
やはり、まずは著者自身が(おそらく既存のジャンルであれば私小説に近い本書の発刊は)"恥ずかしい。そして怖い"と感じ、迷いが消えない中で、それでも本書を"40歳を過ぎても、愚かで、まちがい続けた10年間の【世俗的なゴタゴタ、得られる教訓も凡庸なものである】と出版した勇気に拍手を送りたい。
誰もが『スター』を目指して動画やSNSで虚勢を貼り続ける時代に逆行するかのように、しかも若い時から注目を浴び、才能に対する自信やプライドも相当あるであろう著者にとっては本書の出版は相当なリスクであり、覚悟が必要であったと思えたからだ。
一方で、本書は著者の批評や哲学、あるいは運営するゲンロン自体に関心がなくてもアカデミック、専門分野の牙城から出て【営利企業で地道な啓蒙活動に取り組んだ、取り組んでいる】"素人"経営者の文字通り『傷だらけのチャレンジ』試行錯誤の一冊としても刺激的で。
全く知名度や規模は違いますが、同じく専門分野から出て、読書会やフリーペーパーといったお店運営を通じて自己責任、独学での地道な文化啓蒙活動に草の根的に毎日取り組んでいる1人として、共感し、元気をもらえる読後感でした。
著者ファンはもちろん、40代からのリアルな起業本、そしてコロナ禍での場づくりに興味ある方にもオススメ。