本は読めないものだから心配するな
"本には『冊』という単位はない。とりあえず、これを読書の原則の第一条とする。本は物質的に完結したふりをしているが、だまされるな。"2009年発刊の本書は読書、翻訳、世界、文学を旅の様にめぐりゆく思索のエッセイ集であり、書物の森の上質のガイドブックでもあるユニークな名著。
個人的には主宰する読書会で参加者にオススメされて手にとりました。
さて、そんな本書は『本は読めないものだから心配するな。あらゆる読書論の真実は、これにつきるんじゃないだろうか。』から始まるも、当然に『読めないもの=本を読む必要がない』と【短絡的な結論に導くものではなく】
著者の比較文学者、詩人としての豊富な知見と心地よい言葉に溢れたエッセイ、日記的テキストの散文で『現代社会』消費社会、物質主義にとらわれるような【コスパ重視の読書をするのではなく】曰く"潮を打つように本を読む"『遠くを見て遠い声を聴き遠くを知るための読書』【鳥のように世界を俯瞰し】『冊』といった物質的単位にとらわれず、風のように自由に読書の森を【ページからページで駆け抜ける】魅力を伝えてくれる"読書の実用論"となっているのですが。
まあ『読書は本を隅から隅まで読まなければいけない』と思い込んでいる"ガチガチさん"や、読書とは『冊数を自慢し、難解な本を手にとるのが正しい』と"眉間シワ寄せさん"のどちらにも内心"うーん?"と思っている私にとって、ページの左側上部に書かれている言葉をパラパラとめくって【好きなページから読み始めることも許されている】本書は、肩の力を抜いて楽しめて非常に心地よかった。
また本書では『読書(翻訳)の理論家』として、前半では多和田葉子、そして後半ではヘレン・ケラーについて取り上げて『翻訳は世界をつくり、世界は文学として経験され、文学は翻訳を要請する』翻訳の"ウロボロス的循環"について書いてますが。海外文学を愛好するも語学に疎く、結果として【訳者に世界紹介への信頼を一任している】1人として、あらためて訳者への感謝と共に『翻訳』を考えさせられる内容でした。(しかし、文庫本を"頭の中を訪れた建築技師"として例える多和田葉子。素敵)
あと、著者に大きな影響を与え、繰り返し引用される"構造主義の祖"レヴィ=ストロース『悲しき熱帯』値段が高くて手を出してませんでしたが。やはり読まなければ。。と。
流れるような、そしてハイパーリンクを飛んでいくような読書がしたい誰かに。また言語や翻訳について考えたい方にもオススメ。
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