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個性がないわけじゃないけど、出し方は分からないよ。

さま~ずがYouTube始めたみたいですね!

かつて当たり前にアメブロで芸能人がブログを書き始めたように

YouTubeが身近なSNSとして浸透してきたのだなと感じています。

そして、ここ数年YouTubeばかり見てきた私としては

いよいよ国民総ユーチューバー化が進んでいくなーと

恐れおののいています。

最初にYouTubeを見始めたのは「しばなんチャンネル」でした。

何百万回も再生されるビッグなユーチューバーです。

だけど今私が見るチャンネルは

再生数5,000回ほどのそこまでビッグネームじゃないチャンネルを観ています。

芸能人でも有名人でもない一般の人で、自分と似た境遇の方(無職や専業主婦)など

ニッチなところを見るようになりました。

若槻千夏やしょこたんのアメブロを毎日読んでいたのが

顏も名前も知らない見ず知らずの一般人のブログを毎日読むようになった時と同じ流れが起きています。

コロナ禍も相まって、「発信する」ということがどんどん広がってるように感じます。

そもそも人と集まって遊ぶことが減りつつある今、

自分のことを知ってもらうことのハードルが高い。

他人への自己開示が少ない私のような閉じた人間は特にそうだと思う(-"-)

残業してたら飲みに誘われてなんとなく行って同僚と仲良くなる。

といようなことができないですからね。

コロナに対する意識の違いで飲みに誘うにも相手を選ぶし、

リアルの飲み会と違って大して仲良くない人と何となく集まってzoom飲み会はできない。(しんどい)

本当に親しい人同士じゃないと集まらない中で

自己表現に飢えてネットで自己表現する人も増えると思う。

少なくとも私は「自分はこう思う」ということを

どこかに吐き出さないと生きていけない感じは、ある。

でもリアルと同様、誰の発信を受けるかということも

大量のコンテンツの中で選別されていくから

何の特徴も個性もないものってリアルでもネットでも無視される恐ろしい時代が来たと思っている。

「害のない人」として生きていればそこそこの人生を送れていた過去はもう終わり

個性を発揮しないととことん閉じて行きます。

個性を発揮した方が楽しい時代です。

でも、そんなこと言われてもですよ( ;∀;)

思春期の頃から周りに合わせて、

変なヤツと思われないように生きる術を身に付けた私は

困ってしまうわけですよ。

個性の無い人なんていないし、みんな変だし、

もちろん私もそうだと思うのですが、

だけど、

外への出し方なんて知らない。

いかに内に引っ込めるか、と生きて来たんだから。

だからコロナ禍で早まった時代の変化にビビってる。

ただ、自分のことは置いておいて、とりあえずずっと生きて未来も見たいとは思う。

コンビニでもスーパーでも無人のレジがあって1人で買い物を完結できるし、

ウーバーイーツは癖になる便利さで、わざわざお店で食べることの価値が変わりそうだし、

ホテルは人を介さないように物を運ぶロボットがいたりして、

え?未来じゃん?

映画であった未来みたい…!

と興奮もしているんです。

このまま人類が繁栄を続けられるなら、いつか、

指は5本じゃなくて3本になったりするのだろうか。

5本ある必要性もなくなるような時代まで、

ずーーーーっと見てみたい。

ムリですけどね。

それではまたね!

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