散歩嫌いの犬とジョギング
テレビを観ていたら散歩嫌いで太ってしまった犬を飼い主が何とかして散歩させようと奮闘する番組がやっていた。犬は散歩が大好きなものだと思っていたけれど、そうじゃない犬もいるらしい。
その番組を観ていて思ったのだけど、これは自分がジョギングするときに頭の中で起こっていることと同じではないか。
健康診断結果があまりに悪かったので「このままではいけない!」と危機感を感じ、どうにか運動させようとする私の良識(飼い主)。そして「まだ大丈夫じゃない?もっと太ってる人いるよ?外寒いよ?」とこれまで通りのんびりダラダラ生活を続けたい私の怠け者気質(犬)。
ジョギングに出ようとする度にこの両者が「走る」「いや走らない」で争い、良識(飼い主)が勝ってようやく出発することができる。毎回そんな争いをしつつ、かれこれ1年くらい何とか続けている。
私の90%を占める怠け者部分あの手この手で説得してジョギングさせ続けるのは大変だった。
せっかくなのでその大変さを「散歩したくない犬と散歩させたい飼い主の攻防」という形でご紹介しよう。
犬は柴犬で名前を「わんすけ」とする。わんすけは中年の犬で丸々と太っているが、当人はそんなに太っていると思っていない。餌は人一倍、いや犬一倍食べる。散歩に興味がなく、たまに飼い主の買い物について家から駐車場に歩くくらいしか運動していない。
飼い主であるところの私はそんなわんすけを健康な状態に戻すべく、定期的に散歩と称したジョギングに連れ出すことにした。
ペースとしてはだいたい1週間のうち3日、平日のどこかで2回くらい昼休みに20分ほど走り、週末のどちらかに1時間くらい走る。
昼休みに走るというのがポイントだ。仕事前の早朝だと「眠いからイヤだ」、仕事後の夕方だと「子どもたちと遊ぶからイヤだ」、夜だと「暗いからイヤだ」と拒否される。そういう気の進まない時間帯を無理に運動する時間にあててしまうと、毎回走る前から争うことになり飼い主が疲れる。
昼休みであればわんすけの昼食は15分くらいで終わってあとはソファでゴロゴロしているだけなので説得しやすい。わんすけの方も運動が必要だということは薄々分かっているので、「まあこの時間なら…」と素直についてくる。
昼休みに入ったら走りやすい装備に着替えて出かける。特に冬は冷えないようにウィンドブレーカーとかグローブとか防寒装備をしっかり着せる。
走ることをただ楽しめる快適な状態を作ることが大事だ。寒いとか痛いとか少しでも不満を感じると次の日から季節が変わるまで外に出なくなってしまう。細やかな心配りが求められる。
靴は底が厚めのランニングシューズを履かせる。
最初底の薄いスニーカーで走ったら全然進まないわ足裏が痛いわとモチベーションが急降下したのですぐ買いに行った。ランニング用のシューズはちょっと高いけど走りやすさが全然ちがう。
外に出たらいきなり走るのは体に悪そうなので5分ほど歩き、ちょっと体が温まってから走り始める。おっさん犬の体はすぐに血管が破れたり心臓が止まったりするらしいので用心しないといけない。
走るコースは自宅の周辺をぐるっと廻る3kmくらいのコースだ。今住んでる地域は坂が多くて平地がほとんどない。最初に下り、中盤は上り、最後にまた下る。
この坂だらけの環境がなかなか厳しい。我が怠け者犬は上り坂を見るだけで「上り坂=>しんどい=>いやだ=>やめる」という式を瞬時に作り出し帰ろうとする。できれば平坦で良い感じのコースがあるエリアに誰かに車で送ってもらって走りたいものだが、そんな時間もないし友人もいない。
しかたがないので「歩くのと同じくらいの遅いスピードで走ってもよい」ということにした。上り坂でしんどくなってしまうと辛いというイメージが残ってしまう。ゆっくりでも「走りきったけどそんなにしんどくなかったな」という良いイメージを残すことでモチベーションを維持するのだ。
そんなわけで我々の走るスピードはかなり遅い。他の犬に颯爽と追い抜かれる。抜かれたことは数あれど、抜いたことは一度もない。
続けるコツはしんどいと思わせないことだ。次の日もまた気分良く走りに出かけられるように、甘やかしてできるだけ楽しい気分で終えられるようにするのだ。
長年運動していなかった犬にとって走ることは誰かと競うスポーツではない。散歩の延長だ。ちょっと速い散歩だ。
ある程度走るのに慣れてくると、次は「飽きる」という問題が出てくる。「同じことの繰り返しでつまらないな」と走るのをやめてしまうのだ。怠け者のくせにちょっと慣れたら刺激を求めるとはわがままなことだ。
そんな時は走るコースを変えてみる。自宅周辺でもいつもと違うコースを走ってみると、知らなかったパン屋さんや雰囲気の良い道が見つかったりして楽しめる。休日なら車や電車で移動して知らない土地を走るのも楽しい。
そんなこんなで甘やかしながら走る回数を重ね、1年間続けることができた。わんすけもこれまで続けてきたという自信がついているのでちょっと寒かったり暑かったりするくらいでは文句を言わず素直についてくる。ちょっと走るのが好きになっているかもしれない。
なんだか書いているうちにこれから先もわんすけと一緒に走り続けたくなってきたが、これは私自身の話なのだった。