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第385号『なぜ「.hack」は駄目で「ニーア」は許されたか』

「お客様の意図しない挙動や設計をソフトに組み込むことはNGです」

これは今から20年ほど前に旧SCE(現:SIE=ソニー・インタラクティブエンタテインメント)から言われたことです。

ちょっと言葉が難しくて頭に入ってきにくいですかね。

具体的な話をしないことにはさすがに意味が分からないですよね。そうですよね。具体的な話をしましょうか。

まぁ20年前の出来事ですし今現在はルールも考え方も変わっていると思いますし、あくまで当時の思い出話として今回のエピソードを紹介したいと思います。

実はコレ、20年ほど前に『.hack』というゲームソフトを開発していた時に言われた言葉なんですよね。

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『.hack』というのはサイバーコネクトツーが企画・開発を行い当時のバンダイ(現:BNE=バンダイナムコエンターテインメント)から発売されたPlaystation2専用ゲームソフトです。

架空のネットゲーム『The World』の中で起きた異変に立ち向かうプレイヤー達の物語で、主人公であるカイトが特殊なアイテム『黄昏の腕輪』を駆使して敵と闘うRPGです。

『黄昏の腕輪』とはいわゆるチート能力を標準装備したアイテムで、使用することでモンスターのパラメーターを書き換えて弱体化させたり、一般のプレイヤーでは侵入できないような禁断のエリアに行くことが出来るという能力を持っていました。

パラメーターを書き換えるなんてまさにやりたい放題のチート能力ですよね。(それをゲーム内で能力として正式に駆使することが出来るというカタルシスを持ったRPGだったということです)

もちろん大いなる力には必ず反動や制約があります。

この『黄昏の腕輪』の能力=データドレインを使用すればモンスターを弱体化することが出来ます、が、使い続けると侵食ゲージというものが上昇していきます。

一度や二度使うくらいであれば侵食率は10%や15%程度ですが、頻繁に使い続けると当然ながら60%・70%・80%と上がり続けていきます。

この侵食率を下げるためには使用を一定時間控えること。

そうすればちゃんと0%に戻っていきます。

けどゲーム的には“(腕輪を)使わなければ倒せないような敵が連続して出現する”といったイジワルな配置(レベルデザインと言います)がされているわけですね。

こういったジレンマをゲームシステムの中に内包しているあたりが実にサイバーコネクトツーらしいゲームソフトだな、と我ながら思います。

さて、本題はここからです。

この『黄昏の腕輪』を使い続けることで上昇する侵食率。このパラメーターは上がり続けることによって一定確率でプレイヤーにとって嫌な事が起きるという悪魔的設計が施されていたのでした。

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『黄昏の腕輪』を使い続けることで侵食率が上昇すると一定確率で以下のような嫌な事が起きたりします。

・アイテムクラック(所持アイテムが一つ消失する)
・EXPドレイン(一定の経験値が失われレベルが下がってしまう)
・ラスト01(パーティ全員のHPやSPが1になってしまう)
・システムエラー(即ゲームオーバー)

こうやって並べるとどれも絶対に起きて欲しくない現象ばかりですよね。けどご安心ください。これらの重度な不具合(公式)は滅多には起きないようになっています。

侵食率が99%の状態でも発生頻度は1%程度です。

しかし一定確率では起きてしまいますので腕輪を使用する際には常にドキドキしながら遊び続けるということになります。

(ちなみにほとんどの場合はプレイヤーに少しだけダメージが増加したり毒状態になったりといった軽度な嫌がらせばかりなので安心してください)

こうしたシステムは最終的な製品版のゲームソフトの中に設定されたものです。こういう事象が50個あって腕輪を使用するたびに抽選が行われてプレイヤーの身に降り注ぐようになっています。

だが、しかし。

完成前の仕様ではもっと違った次元の事象が発生するような設計がなされていたのでした。

ぶっちゃけてストレートな言い方をすると、仕様設計の段階で当時のソニーに内容を伝えたら冒頭にあるような言い方で物凄く怒られてしまったという話です。

では開発中の『黄昏の腕輪』にはどんな仕様が隠されていたのか?

その一部を紹介しましょう。

・ドアオープン(PS2のディスクトレイが勝手にオープンする)
・データロスト(セーブデータが完全に消失する)

これです。この仕様を本気で実装しようとしていたのです。今振り返ると我ながらサイバーコネクトツーは狂った会社だなぁ、と思います。

が、当時は本当に怒られましたね。

ではどういう怒られ方をしたのか?何が具体的に駄目なのか?そして当時の『.hack』は駄目でなんでのちの『ニーア オートマタ』は許されたのか?(セーブデータ消失の件)

そのへんを順番にお話していきましょう。

なぜ『.hack』は駄目で『ニーア』は許されたか

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