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逃げる


『ピロリ先生、ありがとうございました!』

マスク越しだけど、たぶん笑顔だろう。
ごめんね、正直、今の指導は適当だったよ。きちんとしてあげられる余裕がなかったよ。


・・・


自分は今、教育系の仕事についている。
補習を終え、笑顔で冒頭のようにいってもらえると、胸の奥がとてもぽかぽかとするのだ。愛想の悪い子もいるが、大抵の子は普通に受け答えしてくれる。


しかし、すぐさまかかってくる電話。
身体が強張るのがわかる。ぽかぽかは何処へやら、胸がギュっと苦しくなり、頭がガンガンする。
恐る恐る電話にでる。やっぱりこの人。
電話口から飛んでくる怒りの説教が耳から僕に入り込み、頭の中をミキサーのように掻き回してくる。考えるのはやめて、はい、はいと適当に相槌を打つ。

『君、返事だけはいいんだけど、はっきり言って行動が伴わない。それが君の罪だ。』

そりゃ、考えるのやめてるもん。やめざるを得ないほど頭ぐちゃぐちゃだもん。むしろ、返事こんな適当なのに良いんだって感じ。
反論なんてどうせ聞き入れないんだからと、言葉を飲み込み電話が終わって受話器を置いたら、その場にへたり込んでしまうようになった。そこからは、仕事が終わるまで続く頭痛と戦いながらの勤務となる。


・・・


『適応障害です。』


『?』となった。
よくわからなかった。もちろんなんかヤバい気はしていたけど、実際に病気の名前を持ち出されると、理解が追いつかなかった。自分のことだと気づくのに数分かかった。額縁の向こうのような世界に、片足を突っ込んだ気分。病気と呼ぶかどうかはきっと医者からしてもグレーゾーンなところなんだと思うけど、僕もいまだにほんとなのかな、なんて言い聞かせて、薬はまだ怖くて飲んでいない。

病院から出て、顔をしかめる僕。
全く気分は晴れないのに、空には吐き気がするほど眩しい太陽。
右も左も黒いもやもやでぎゅうぎゅうなのに、自転車は畑だらけで広々とした道を走る。
生まれて初めてストレッチャーに乗せられて救急車に乗った時のことを思い出す。ついこの間のことなのに、だいぶ経った気さえする。

最近泣いてないな

足がもつれて歩けないな

人間なんてやめちまいたいな

クソみたいな言葉が頭の中を駆け回り、静かな帰り道なのにうるせえもんだから、イヤホンをつけて見るけど、身体の内側からの音を遮ることはできなくて
結局何回も擦ってとっくに飽きた音楽を適当に流した。頭をぶんぶんと振っても、思いっきり自転車を漕いでも、ねっとりとまとわりつく不安は拭えなかった。


・・・


『まだ若いですし、ストレスから逃げるのが一番いいんです。』

別に何か特別な言葉が欲しかったわけではないけれど、自分が一番よくわかってて毎日咀嚼している言葉をもらった。

逃げるのってさ、損なんだよな。
逃げられた側より逃げた側が絶対に損をする。
逃げられた側は、結局なんとでもなる。すぐに全部忘れる。
逃げた側はたくさん失う。そこから這い上がるには倍ぐらいの体力を使う。なのに、倍ぐらいの体力を使ったぐらいじゃ、おんなじぐらいのところまでしか登れないから、またすぐに落ち込みたくなる。

現在の状況を鑑みて、ストレスの原因と自分を切り離すのは難しい。また全部捨てないとたぶんダメなんだろう。
自分では我慢強いつもりだったし、器は大きいつもりだったんだけど、案外そうでもないらしい。みんなこれぐらいのこと耐えて、毎日社会で揉まれてるんだもの。僕はこんなことにも耐えられない。それだけが理由じゃないだろうけど、社会人なら当たり前のことがどうも苦手なようだ。同じことを繰り返すのだから、そりゃ相手も怒るだろう。

結局、全部自分が悪い。
僕が仕事ができないから。
僕が自分と向き合おうとしないから。
時間はあってもゲームを起動してしまうから。
逃げたいと思うだけで、実際に逃げようとしないから。
後ろ向きな気持ちだから、余計に仕事ができないから。
ただ周りを巻き込んで暗く暗くなっていくだけだから。
『俺は悪くない』『いや、お前が悪い』
2人の僕がいつも言い争っている。いい加減仲良くしてくれんかね。


・・・


こうやって、黒い言葉をnoteに吐いている。
友達や家族、恋人に吐くことはやめた。
ちらっと愚痴っぽく漏らすぐらい。
本気の話は誰にもしない。倒れたことも、ごく一部の人以外には一切伏せている。
周りまで暗くしたくなかった。テレビを見ながらくだらない感想を言い合ったり、今日一日の出来事を話したり。そんなLINEがしたい。
格好つけているわけじゃない。僕が表に出さなければいいだけだから。
noteなら、思いっきり吐けるから。何故かはわからないけれど、ただ自分の携帯のメモアプリに書き殴るよりも、誰かに叫びを聴いてもらえると思っただけで、吐いた言葉が昇華される気がする。

やっぱり誰かに聞いてほしいんだ。でも、身近な人を巻き込みたくないと思うから、画面の向こうの人を巻き込もうとしてる。ずるいよな。
でも、これが、今の僕ができる精一杯の『逃げる』だから。
さーて、逃げ道を本当に探さないと。得意なことがなくたって、社会不適合疑惑あったって、何にもなくたって、こんな僕でも生きててもいい場所がどっかにあると思う。世界広いし。

本当は、『聞く側』に回りたい。
自分が今辛いからこそ、きっと自分みたいな人はたくさんいて、同じ悩みを抱えて、ギリギリと身体と心を絞められている人がいると思う。
逃げ道になりたい。逃げ道を提供してあげられるようになりたい。


『ピロリ先生、先生っていうよりカウンセラーみたい。そっちの方がたぶん向いてますよ』

やかましいぞ生徒A。僕もそう思う。
ミイラ取りがミイラになる可能性もあるけどな。




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