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EP.006 音鳴文庫 八木諒平 / RYOHEI YAGI(音と本・島根)前編/後編

音鳴文庫
https://otonaribunko.theshop.jp/

”水がきれいなところで暮らしたい。そうして越してきた、島根の端っこ川のそば。自分が通いたくなるような小さな本屋を始めました。2017年のことです。道路に看板も出さず週末にだけひっそり営業。秘密基地みたいと言われます。ほんとの名刺は苦手なので、この場所がその代わり。本の手触りが
少しでも届くことを願って”

keyword 前編
出身は新潟県.   はじめましては江田島の海友舎.   私をイメージする曲を選んでください.   言葉では形容できないセレクト.   ピリはじを受け止めてほしい!.  音と本に辿り着いた経緯.  水がきれいなところで暮らしたい.   自分で全部やらなくてもいいんだ.   たまたま思いついたのが本屋さんだった.   家の中に本を読む人が居た.   自分に触れるものを置きたい.   自分の中に明確なルールはあるんだけど、上手に言葉にできない.   言葉にしようとすればするほど離れていく.   質量をもった言葉.   自分が意図しないときでもアクセスされちゃう.   なるべく自分が感じているままを文字に起こしたい.   ちょっと違うなの違和感.   よく流れたというしっくり.   言葉が先?感覚が先?.   カタチを体感で覚えている.   言葉を持った人たち.   考えると迷う.   心に湧き上がっている風景をそのまま.   静止画ではなく動画.   記憶ではない言葉.   潜在意識の中にアクセスしている.   なんでだろう.   切り替えボタン.   脳みそがカチッ.   ぼくのフィルターを通す.   我慢できないときは言っちゃう.   こぼれているものから.   抽出の仕方が八木製法.   でこぼこをつくる.   最近の不思議.   アクセスできるということ.   送れるけど贈れない.   マーカーを引いている.   本の表情から読み取れること.   想像がのっかる.   もう一つのストーリー.   用法容量は決まっていません.   読むだけが楽しみではない.   自分の気持ちが動いたとき.   いつか出会えるかもしれない.   あとがきしか読んだことない本.   それも一つの読書.   自由に.   帯.

keyword 後編
ピリはじを振り返って.   手が止まっちゃった.   生きねば.   my public mind.   そういえば死ぬんだった.   100%自分のためでもなく他人のためでもなく.   休符を鳴らす.   行間を読む.   引用符.   花火.   なんだか分からないけど清らかな響き.   流れを止めない.   洋服の声をきく.   どうしても言葉にできないこと.   環状で考えるとしっくりくる.   Z軸と螺旋.   エスカレーターを下る.   でももうちょっとゆっくり生きたい.   遠心力.   振り返ったら.   歩いたところに道がついていく.   自分のことばを持っているのか.   分からないなりにも答えを出していける.   選択していく覚悟.   自分で考えることを諦めないでいたい.   それすらも内包する.   自分を諦めながらも信じる.   10の外側.   どこかの何かの本にはあるかもしれない.   本がもつ優しさ.   ピリはじ脳.   言葉の持つ不思議な力.   どこまで行っても問い.   どこに行くんだろう.   未知なるものをめざす.   何かよく分からないけど.   そういう面白さ.   意味づけされていく.   バランス.   テキストには乗ってこない間.

--miyabi
「音楽と本で何かする」が、先にあったわけではなくて。地域に入って行った時に、自分がそこで何ができるかや、その地域にあったらいいなと思うものという視点から「音鳴文庫」に辿り着いたということ。

本と音楽は手段であって、もっと奥深くのところに八木さんの本質的なものがあったからこそ、周りの関係性によって自然と自らの立ち位置が定まって行ったのかなと思いました。
--ryohei
そうですね。
暮らしを続けていると、より暮らしやすいように、みなさんいろんなものを足したり引いたりして整えていくと思うのですが(例えば、家具の位置を変えてみるとか)、お店を開くというのはそういうことの延長線上にある気がします。

どこまでいっても自分軸で、自分が心地よい場所を誰かがよろこんでくれたらさらに嬉しいという感じ。でもときどき独りよがりになっていないかなとはっとすることも。
--ayako
「暮らしをつづける」っていいですね。勉強をつづけるとか、仕事をつづけるとかは言いますが、暮らしをつづけるって、実はみんながやっていることで、そこには能動的な気持ちや工夫がないと、たのしくつづけられない。その、能動的な気持ちや工夫のなかに、八木さんにとっての音鳴文庫という営みがあるんだろうなぁと思いました。

さて、私は暮らしをつづけられているだろうか、、
--ryohei
友人が「STAY HOME LIFE」というZINEを作ったんですが、そこにははじめて緊急事態宣言が出されたときの市井の人たちのステイホームの様子が書かれています。それを読んでみると、強制停止というネガティブな行為が発端ではあるけれど、なんだか逆にいきいきし始めるというか、それぞれの人が暮らしを再獲得していくのが感じられたんです。暮らしが幽体離脱してたんだなあ、そんな風にも思いました。

僕は田んぼで稲を育てていて、最近は除草作業に明け暮れているんですが、この作業というのはそのまま暮らしと直結しているので大変だけれど気持ちはとても晴れやかです。
--ayako
等加速度的にスピードアップしていくと、だんだん慣れちゃうものですが、強制停止されて「あ、こんなスピード出てたんだ」と気づかされた感じが私自身、あるかもしれないです。

そこから再びギアを上げていく人も居れば、ペースダウンをつづけてみる人も入れば、時間を遡る人もいたりして、何を選択して何を選択しないかを、全人類が平等にやってみたというこの共通体験が、少し未来からみるとどんな風に映るのかなと思ったり。

ただ、それぞれが暮らしを再構築する先に同じ喜びがあるといいなと思いました。それこそ、北極星のように。自分の暮らしの延長には、誰かの暮らしがあることを忘れてはいけないということかもですね。
--miyabi
強制停止されたことで、解像度が上がったんですよね。処理できる情報って限界があるから、詰め込んだ日常の中では見落としていたものたちに目がいくようになって、何気ないものたちの豊かさを見つめ直すことができた。

で、ゆっくりとまた加速を伴った生活に戻りつつあるんだけれども。この停止期間の時に、ちゃんと見つめ直すことをしたから、単に停止前の生活に戻るわけではなくて、広がった視野を伴って加速していく感覚があって。もっとのびのびと自由になれる気がしているんですよね。
--ryohei
そのZINEを読んだ時にも思ったことですが、 悪いことだけじゃなかったんですよね。スピードを落として見える景色があって、求めていたものが遠くではなく実はすぐ近いところにあるという感覚。
なにかを選ぶということは、何かを選ばないこと。

いつの未来も先が見えないという点では一緒だけれど、ここ最近はなんだかよけいにそれが強くなってそわそわ落ち着かなくなったりします。

そんなときは立ち止まって、まわりをよく見渡して。
近づいてみたり、引いてみたり。
いつも自分に問いかけながら。
暗中模索の中でも自分の中にこそ光があるような気がしています。
--miyabi
自分に問いかける時って、みなさんどんな感じですか?
私はいろいろ気持ちや状況を分析しちゃって。自分の本当の感情の源に辿り着くまでに時間がかかっちゃいます。
--ayako
自分の本当の感情、、
私は違和感に敏感かもしれないです。自分にとって心地よいことは当たり前すぎて気づかなかったりするんですけど、あるときふと、おやおや?ってなるときがあって、波長の違うものに出くわすと何かが引っかかるぞと。昔はなんでだろうって感じだったけど歳を重ねるにつれて自分のことがだんだんと分かるようになってきて、

これは、違和感発令中だなと思うとそこから、何が引っかかってるのかなーと観察してしたり、心を開ける人に話を聞いてもらう(これが一番の処方かも笑)かなぁ。
--ayako
でもこうやって、文字にして眺めてるときが問いかけの本質かもです。
--ryohei
人と喋っていると、自分で思ってもいなかったことが言葉として出て来て、「ふーんこんなこと考えているんだなぁ」と結果的に自分と話をしているという感覚になるときがあります。もうひとつは、大きめな本屋さんに行ってぐるぐるして今どんなタイトルに惹かれるかということで、自分の内面を推し量ったりしています。
--ayako
本屋散歩は、すごく分かります!
最近、建築家具コーナーに全然行ってなくて、気づけばメディア論ばかりに目がいく…笑

情報は同じだけそこにあるはずなのに、自分のアンテナに引っかかるキーワードが変化してたりとか、その年に読んだ本を振り返ると、テーマ性が見えたりして面白い。
--ayako
ちなみに、今、みなさんが気になる(目に止まる)キーワードって何ですか?
--ryohei
おー、わかっていただけますか!
そしてメディアならおすすめの本がありますよ~笑
本屋散歩は定期的にやってみると、自分自身の定点観測として役立ちますよね。
--miyabi
たしかに、その年に買った本を振り返ると自分の興味関心が見えてくるかも。
--miyabi
今、気になるキーワードは「共創」
--ayako
八木さん、インスタDMします笑
--ayako
定点観測は本当にそうで、
いつかいつかと思うを本を手にとれるときもあれば、あ、今回も見逃したなというときもあり(頻度高めです笑)立ち入ったことのないゾーンに踏み込んでしまったときのドキドキ感、からの、いつものゾーンの安心感にここが居場所だなと再認識。

メディアはここ半年くらい気になってるキーワードなんですが、spectator最新号(まんがで読むメディアの歴史)が良本なんです。

冒頭の「マクルーハンと地球村」からはじまり、2001年宇宙の旅の考察、1995年の濃さに驚きながら、「ハッカー」なるオタクのピュアな心が生んだウェブ文化にも、あれもしかして目的は違うけどこれも「共創」と呼べるのかな(と、途中追記します笑)
--ayako
他読してる村上春樹の雑文集の中に、地下鉄サリン事件についての文章があって、「小説家」村上さんだからこその視点や考察、伝え方にドキリとさせられながら

結局のところ、私たちが得ている情報は(本を含めて)何かしらの媒体を通しているかぎり、誰かの編集や思想が入っていることを痛感します。

そして、気づけば半径50センチの手が届く範囲内360°すべてに情報(メディア)が潜んでいるという事実に、思考を巡らせ、妄想繰り広げながら一人研究に勤しむお盆でした笑
--ryohei
あ、スペクテイター最新号のことでした笑
まだ読み途中なので、僕の感想は控えますが、冒頭から今回も気合い入ってんなと。
--ryohei
僕の気になるワードは仏教ですかねー。
--ayako
なんと!笑
読了したらぜひ感想教えてください!咀嚼に時間がかかりそうなので、私は2ターン目です笑

それぞれの、気になるポイント聞きたい、な!
--miyabi
2人がおすすめするスペクテイターの最新号気になる。コンテンツタイトルだけでも気になるもん。

そして、メディアについて語り出すと、これまでのピリはじでも話してきたように、メディアが触媒だとしたら、人間さえもメディアなんじゃないか話に戻りそうだから一旦心に留めて。笑
--miyabi
八木さんの気になるワードが仏教っていうのも気になります。私は、昨年から、西洋文化と東洋文化が気になってて、紐解いていくと宗教にたどり着いて、仏教は避けて通れなかったんですよね。
--ryohei
感想またシェアしますね。
スペクテイター在庫あるのでお届けします!
1320円です笑(たしか)
--ryohei
仏教については、特に大きなきっかけがあるわけでもなく、最近急に気になり始めたわけでもなく前から興味があるというか。

それこそ避けて通れないという表現が正しいのかも知れないですけど、このまま仏教のことなんも知らないで年を重ねていいのかなって感覚があるのかもしれません。

あとは僧侶の持つ、慎ましさもそのポイントのひとつかも。
--miyabi
あ!では、そのスペクテイターは私の元へよろしくお願いします!笑
--miyabi
宗教を掘り下げていくとその国の文化も見えてきて。無意識のうちに、思想の根底はそこに繋がっているのかもしれないと感じるようになりました。
--ryohei
千年単位で続いているわけですから、生活、思想、言葉、きっとありとあらゆるところにその影響が潜んでいるのでしょうね。
--miyabi
自分では気づかない影響ってあるんだろうなーと。
それらが無意識に積み重ねられていて、無意識のうちに醸し出されちゃう。
--ryohei
意識の中に置かれてることって、きっとほとんどないでしょうね。自分でコントロールしてるつもりでも、ほとんどそうじゃないのかもしれないですね。
--miyabi
ちょっと話がジャンプしちゃうんですが。繋がってるような気もする話で。八木さんのお話を聞いて、「暮らし」をちゃんとしなきゃと思ったんですよね。日々の積み重ねが、日常に醸し出されるような気がして。だからこそ、整えることが必要だと思ったんです。

そんなことを思っていたら、コロナにかかっちゃって、時間がぽんっと出来て、完全に思考が暮らし方を変えることに向いちゃいました。
--ryohei
なんかコロナってそういう効能(だけ)ありますね!今の自分を見つめ直すというか。僕はたいした生活はしてないけど、こうなったという感じなので偉そうなことはなにもいえません!
--miyabi
それこそ、無意識に八木さんから醸し出されていたんだと思います。なんか言葉にできないんですけど、「あ、今だ!」って感覚があったんですよねー。そっちに思考チェンジしたら、不思議と2.3年後の自分のイメージが意識せずに勝手に湧いてくるようになりました。
--ayako
醸し出すって、日本酒みたいですね。自分のなかで発酵、静かなる変化。微生物たちが雅さんの中で蠢いてそう。「うごめく」って、漢字で「蠢く」って書くのか(発見)
--ryohei
そう聞くとトライアンドエラーの中で、発酵と腐敗の間を行ったり来たり、さまよいながら蓄積されていったように思えますね。
--ayako
たとえ途中で腐食したとしても、それもまた土壌の肥やしとなる。
--ryohei
循環していますよね。後々振り返ると無駄がないというか。
--miyabi
あいりちゃんの回のアフタートークで「宿す」と「細胞の記憶」の話をしたのですが。普段の生活から無意識のうちに、自分の記憶と外部の記憶が入り混じってるのかも。

って思うと、本に囲まれた生活をしている八木さんは、本のタイトルや本の佇まいからも意識せず察知しているものがあるのかもしれませんね。
--ryohei
そういう感覚、確かめようはないけれどわからなくもないというか。やっぱり読まなくても伝わってくるものがあるというか、物体そのものから訴えかける何かってあると思うんです。(それは本に限らずですけど)
紙の本のいいところのひとつですね。
--miyabi
本は言葉の集積体なのに、言葉じゃないものを発してるって面白いですね。
--ryohei
そういう部分も含めて、“誤読できる余地”が含まれているので、本て優しいなと思います。
--ryohei
僕は最近涼しくなってきたからか、読書欲が高まっていてせっせと読んでいます。興味深いなーという反面、正直あんまり頭に残ってない感も同時に感じています。

お二人はなにか工夫している読書術みたいなものをお持ちですか?
--ryohei
というのも、本を読んだときにもちろん言葉として受信しているわけなんですが、いざ言葉として取り出そうとするときに「なんかよかった」っていうふうになってしまって、うまく言葉に変換できなくて。

きっとそれは、受信(読書)のときに文体も含めて著者の言葉に対する気概や人柄も含めて空気感を多めに取り入れちゃってるのかなぁと。
--ayako
誤読できる優しさって、いいですね。
--miyabi
読書術、、、かはわかりませんが、受信の時は言葉なんですけど、それを景色や映像にしたり図やカタチに変換しています。時には感情で感覚を残すことも。口に出す時は文字よりもそれをどう表現するかということを考えてます。
--ayako
本に限らずなような気もしますが、けっこう忘れっぽいです笑
仕事に関するTODOの記憶力はいいのですが、自分が話したこととか、相手に伝えたメッセージとか、本で読んだことは、時間が経つと忘れる傾向にあるようです。

それで、八木さんからの質問を受けてなぜだろうと考えてみたら、話しているとき(読んでいるとき)考えているとき?は、同時に映像が流れていて、しかもそれが水彩画みたいにかなりぼんやりしたものなので、

そのときは言葉にできるんですけど、それが消えちゃうと、掴めなくなってイコール忘れちゃうシステムのようです。脳内は霧タイプなのかも。

ハウツー系の本は、本棚が一杯にると定期的に売っちゃうのですが、結果、霧タイプの本が残る傾向にあることも今判明しました。
--miyabi
たしかに綾子ちゃん、よく私そんなこと言ってましたっけ?って言うもんね。でも適当に言ってる感じはないんだよね。言葉では忘れてしまっているのかもしれないけれど、その放った時の感覚が無意識に紡がれていってるようなのは感じるよ。
--ayako
はい、そうなんです…
よく忘れてしまうのですが、「言葉で忘れているけど感覚には無意識に紡がれている」というのは、すごく嬉しい言葉でした。
--ryohei
お二人ともそれぞれ、なにか別なものに変換してるんですね。
おそらく自分もそうなんだろうと思います。(具体的になにとはいえないけど) そして、それらを言葉として発信するための再構築の作業で、個性が生まれるのかも、ということも感じました!

これはいろんな人に聞いてみたいおもしろいテーマかもしれません。
--ayako
たしかに、
言葉(記号)→ ○○○ → 言葉(言語)

この○○○気になりますね。
「→」の正体も気になる…。
ある人もいれば、ない人もいるかもしれない。

調査報告を楽しみにしています!
--miyabi
その過程が自分の言葉にしていくことだよね。みんなの○○○気になるなぁ。

お互いに調査報告しましょう!

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