西野亮廣氏と、私の〈25歳〉―まだ間に合うひとがいたら聞いてほしい話―
私は、漫才コンビのキングコングがすきだ。
漫才がたのしくて好みだし、はねるのトびらも観ていた。
現在キングコングは、ツッコミが絵本作家、ボケがYouTuberのコンビというなんとも斬新な状態になっていて、キングコングは今がいちばん最強であることを強く感じている。
ツッコミである西野さんの活躍の仕方がものすごくて、絵本だけでなくエンタメに関わるビジネス、オンラインサロン、そして今年の年末には『えんとつ町のプペル』という絵本をもとにした、映画の公開が控えている。
書籍やインタビュー記事、そして本人の発言でもたびたび出てくる言葉。
「25歳のときに」
このフレーズに、私は心がぎゅっとなる。
西野さんは〈25歳〉のときに、
今後芸人として、自分が今の環境のままではスターになれない、先輩方を越えていく自分が見えないことに気づいた。
活動の軸足をTVではなく、絵本制作に置く決断をした西野さん。
『はねるのトびら』という番組が、ゴールデンタイムで高視聴率を毎週たたき出している頃だった。
周りからは理解がされず、誹謗中傷の嵐にあう。叩かれて叩かれて、死ねと言われても耐えながら絵本制作に打ち込み、そこで結果が出たら、みんなに「すごいな」と手のひら返しをされる。それでも、腹を立てることなく、また次の制作へ。
海外で個展を開いたり、絵本や書籍が続々ととベストセラーになったり、オンラインサロンが今国内最大規模に大きくなって。
8年前に西野さんがいくら話しても理解されなかったクラウドファンディングは、このコロナさんの影響も相まって今や需要しかない。
TVに出続けるという、”芸人とはかくあるべし”だった状況からあえて環境を変えることで、西野さんは今、オンラインサロンの仲間と一緒に、とことんやりたいことに向き合えている。
↓著書『新世界』に自身のことが書いてあります(全文読めます)
私の〈25歳〉。
保育士。
実力がなかったのもあるかもしれないが、2年目あたりから施設長に、やたらきつく当たられていた。かなり嫌だった。怯えていた。でも、それ以外の人間関係(職員同士)が悪くなかった。この仕事は、人間関係が独特と言われていて、ここを離れたらもう、私を受け入れてもらえる人間関係の場所はないだろう、という考えで5年同じ職場にいた。
この5年目の冬、卒園児を担当していないし、辞めるなら今だと思った。この施設長に、これ以上耐えることはしなくてもいい、そう思った。環境を変えよう、と。
冬の面談で、勇気を出して「辞めます」と施設長に言おうとしていた。
ただ、”理由”について、はっきりと言えることが、定まらなかった。
「あなたが嫌だからです」なんて言うわけにはいかないし、かといって私は嘘もつけない。
辞めると言ったときに、なんだかんだで言いくるめられ辞めさせない方向にもっていかれそうになったことを想定しても、勝てる自信がなかった。決定的な何かが必要だった。
、、、、、、分からなくなった。
決定的なことは、
”施設長と離れないと、心が壊れそうだから”
ということしかなくて、それが全てで、でもそれが本当に必要だったから。
結局、
面談で、施設長が第一声
「持ち上がってもらうから。」
(今私が担当しているクラスをそのまま進級後も担当する)
と、突然話し始めたので、いきなり⁈と驚いて、何故か
「、、、、、、はい、、、、、、」
と、言ってしまったのだ。
私はバカだ。
圧に負けて、言いたいことが言えなくなる。
本当にバカだ。
”言い返すことで、自分を守る”という大切さを、33歳の今になって中野信子先生の本に学んでいる。
※『キレる!』中野信子著 小学館新書
自分を守れなかった私は、6年目で結局面談のときの話と全く違うクラス、保育士の中でも何故かバチバチに仲の悪いメンバーを集めた、0歳児クラスを担当することになるのだ。赤ちゃんがいるクラスなのにどうしてこんなギスギスな雰囲気に、、、こんな雰囲気は私が変えよう、と奔走したが、施設長以外にもストレス因ができたことによって、私は潰れた。
5年と数か月、現場にいて、誰にも挨拶ができないまま、心身が崩壊して辞めることになった。
これが、私の〈25歳〉。
〈25歳〉で決断できた西野さんと、決断できなかった私。
もともとのポテンシャル自体、もちろん天と地の差なのは分かっている。
ただ、転機が〈25歳〉だったことが、偶然か、必然か、同じなのだ。
ここで、私が、何を言われても「辞めます」と言えていたら。
転職ができていたら。
環境を変えられていたら。
もしかしたら、場所を変えてもやっぱり保育の仕事自体がむいてないな、ダメだな、という結果になっていたかもしれないし、転職先の人間関係がうまくいかないかもしれないけれど、
健康では、いられたよね。
これが、どれほど大事なことだったか。
仕事を探す力さえもなくなるくらい、心身が言うこと聞かなくて苦しい状況が、丸8年続くなんて、誰が予想した?
”あのときこうしていたら”なんて、過去を振り返ることはしたくないのだけれど、西野さんが〈25歳〉のときの話をするたびに、悔やむ。
身体がいうこと聞かなくなって、心が壊れなければ、自分の中の”ここを離れたい”という悲鳴に気づけなかった。
限界が分からなかった。
一度きりの人生の、丸8年を鬱病に使っている。
どんなに悔やんだって、戻ってこないんだ。
戻りたくもないけれど。
西野さんは、25歳で決断すること、20代のうちに基礎体力をつけること、、、など、私にとってはもう耳が痛くて痛くてしょうがないことを話している。
でも、きっと、25歳で決断することができたら、これができるのだろうと。
この考えでいけば、私の今の姿なんてもう悪い例の代表だ。
でもね。
私は今、生きている。
これからも、生きていかなければならない。
この、かかってしまった鬱病と、この自分自身を連れて。
この西野さんの話を聞いたからといって、私は、諦めるわけにはいかない。
もう、年齢を理由に”もう遅い”なんてことはひとつもないと思っているし、私はもう思っている場合じゃない。
今度34歳になるけれど、
38歳でYouTuberになったカジサックの姿をみて、私は本当に勇気をもらっていて。
もちろん、梶原さんはそれまでもご活躍だった。
でも、私も、周りの大人たちはどうあれ、こどもたちには本当に好かれる保育士をしていた。これは本当に。
ただ、仕事として向いていないことは、キングコング×キャリオク動画のおかげで気づけた。本当に目が覚めたのだ。
心身が、まだまだ伴わなくて焦ってしまうし、思うように進めなくて苦しいけれど、キャリアカウンセラーさんとお話しながらお仕事をできる自分を作っていく”サポステ”にも通い始めて。
私は、本当に、変わりたいし、自分を諦めたくない。
ただ。
まだ、間に合うひとには、私と同じような思いは、決してしてほしくない。
コロナさんによる就職難など様々な事情はあると思う。
ただ、
苦しい状況にあるひと。
自分は、このままの状況で心身共に健康でいられるか。
自身の成長につながらない無駄なストレスがないか。
この苦しみは乗り越えるべきことなのか、回避した方がいいのか。
”ここじゃなきゃだめなんだ”と思い込んでいないか。
よく考えてほしい。
私は、それが見極められなくて、いや、見極めつつも環境を変える”決断”ができなくて、もうすぐ、鬱病9年生になってしまう。
私にとっては、病気から学んだことが山ほどある。
でも、こんな思い、しないで済むなら絶対にしなくていい。
西野さんみたいに「世界を獲る」なんて大きな夢を語れなんて言わない。
何をしたくなってもいいように、心身の健康だけは、いちばんに考えて。
無職になるくらいは、どうってことない。
かからなくても済んだ病気にかかって、こんな長い年数を費やすことが、どれだけ人生を変えるか、、、、、、
元気があれば、動けるの。
何があっても。
(コロナさんの影響で、なかなかそうはいかなくなってきているけれど)
元気なひと、苦しんでいるひと、
一度、西野さんと私の〈25歳〉から、今の自分を考えてみてはどうでしょうか。
という、余計なお世話でした。
まだ間に合うひと、どうか、間に合って。
そうじゃないひと、私もこれからまだまだ、踏ん張ります。
たくさんのひとが、心身共に健康でいられますように。
私のような立場のひとが、前へ進めますように。
※だいすきなチャンネルで笑いながら、生きています。↓