看護の心ってなにかしら🙄
5月12日は
フローレンスナイチンゲール大先生のお誕生日!
そして、「看護の日」でもあります。
日本各地で、各都道府県の看護協会が主催して
看護の日イベントを繰り広げ中😗
わたしが看護の日の存在を知ったのは、恥ずかしいことに看護師2年目の時。
県の看護協会のイベントの、ステージ司会を依頼されたことがきっかけでした🎤
Instagramの看護学生さんのアカウント見させてもらうと、
みんな学生の頃から関心を持って参加してるのね。素敵。
看護の日のサブタイトルは
「看護の心をみんなの心に」🍀
え?看護の心?みんなってなーに?だーれ?
というわけで、年に一度の看護の日、
看護の心について、少しだけ考えてみよう🤔
そもそも看護の定義とは…
あらゆる場であらゆる年代および個人の…(日本看護協会HPより抜粋)
🤮🤮🤮🤮🤮
そーゆう難しくてかつ意味のわからない定義の話ではなくて
もっと、こう、スピリチュアルな、というか、心の素直なヤツっていうか。
看護の日を迎えるにあたって、日々の自分の看護を振り返ったり、あいぴーに「看護師に求めることは?」なんて聞いてみたり
看護の心について振り返ってみた結果
看護の心は、人が人を想う心
って、わたしは思ってるみたい😗(JTのマワシモノじゃないわよ😗)
例えばさ、いまInstagramで「不眠」について描いてるから、それを使って考えると。
「眠れなくて、夜辛くて、ちょっと泣きました」って言った患者さんに対して
「あーステロイド結構いってますもんね、眠剤使います?精神科かけてもらいましょうか?」
と対応するのは、看護の心ナイ🙅♀️
ステロイドたくさん飲んでるからこそ、心の奥で眠ってた自分の本音が強く出てきて、辛くなってるんじゃないかしら。それは眠剤を飲んだり精神科でお薬出してもらっても、ただ抑えつけたり誤魔化すだけで、心は楽にならないんじゃないかしら。
教科書には「ステロイドの精神症状に注意!不眠時は睡眠剤と精神科をナンチャラー」って書いてあるけども、
その思考回路、いま流行りのAIでできるよね🤖
眠れなくて辛いと思ってる人の気持ちを聞かせてもらうこと、解決はできなくてもとにかく理解しようとすること、同じ人として患者さんと話すこと
それが人間の看護師だからできることなんじゃないかしら😗人が、人を想うこと。
あとはさ、例えば輸液ルートの固定をできるだけ生活に支障少ないようにするとか、
時間指定のない、日中投与すればいい利尿剤は面会の前は避けるとかさ、
ケモで髪が抜けて落ち込んでる患者さんに「また生えてきますよ!大丈夫!」って言わないとかさ。(患者さんは、今、髪が抜けてることが悲しいのであって、今後生えてることは知ってます。)
なんかこう、文章にするのすごく難しいけど。
忙しいとさ、ついついベルトコンベアー式に看護しちゃうんだよね。
そういう時って、看護の心、無なのよ。
患者さんのこと、人として、じゃなくて、患者さんとして、としか見れなくなるのよ。
時には、意図的に、患者さんとしてしか見なくしてしまうときも、ある。ごめんなさい。
この5月12日をいい機会に、
人が人を想うこと、看護の心を育てていけるように
明日からまた看護師頑張りましょう。
そして、看護学生のみなさまがたにも
看護の心を育てるために、学生時代にしてほしい看護学生としての過ごし方
そのうちnoteに残したいと思います。
看護の心をみんなの心に🤟
看護師じゃない人たちも、自分以外の誰かを想うことができたら、世界はもっと丸くなるね✌️