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映画パンフレット感想#47 『WALK UP』


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感想

ホン・サンスの映画のパンフレットほど監督の存在が中心に据えられる映画パンフレットもそうない。最新の日本公開作品である『WALK UP』のこのパンフレットも例に漏れず、監督特集企画かと見紛うほどホン・サンスに焦点を当てている。それだけホン・サンスの撮る映画が、私的な事象を扱っており、それがフィルムから滲み出ているのと、他の映画作家の作品とは明らかに異なる独特かつ実験的な試みがなされているからだろう。見開きで左のページに監督のプロフィール、右のページにフィルモグラフィ、なんて贅沢な使い方、なかなかない。

インタビュー記事はふたつあり、こちらも中心はホン・サンス。ひとつは、2022年9月に開催された第70回サン・セバスチャン国際映画祭の記者会見で、ホン・サンス監督とクォン・ヘヒョ、ソン・ソンミ、チョ・ユニ、キム・ミニが語った内容の収録。5名いるが、テキストはほぼすべてホン・サンスの談話だ。もうひとつは、2024年6月にヒューマントラストシネマ有楽町で開催されたトークイベントでの主演クォン・ヘヒョの談話。こちらもホン・サンスに関連する話やエピソードが大半を占めている。

つまるところ、現在のホン・サンスの思想、嗜好、映画制作手法など、ホン・サンスに関する様々なことがわかる。と同時に、『WALK UP』の描写のいろいろのルーツが明らかになるような発見がある。わかりやすいところでは、本作をモノクロ映画にした理由など。個人的に頭の中で監督の話と繋がったのは、監督前作『小説家の映画』で作家のジュニが語った「若かった頃は勢いまかせで楽しかったけれど、今は小さなことを誇張して書いたりすることに抵抗を感じている」という台詞。これはホン・サンスの現在の姿勢そのものだと理解できた。

一方、違和感を覚えたのは、「俳優たちにはほとんどお金を払っていない」というホン・サンスの言葉。それがどの程度なのか、対等な立場での交渉と合意があるのか、そもそも冗談なのか本気なのか、これのみでは判断できないが、映画業界でキャストやスタッフに正当な報酬が支払われない問題が取り沙汰されている昨今、説明が不十分なまま垂れ流してよい情報なのかは疑問符がつく。

他の記事では「ストーリー」記事が、全編を網羅しつつ台詞も抜粋しながら克明に記されており、シナリオ再録とまではいかないが、あらすじの域は確実に超えるほどの情報量でありがたかった。文章もとても読みやすく、情景が浮かぶ表現で綴られている。映画では1階(地下1階)から4階まで、階が変わるごとにビョンスの状況が一変し、やや混乱し把握が難しい面もあるが、この記事は改めて整理するのに役立つだろう。

映画ライターの月永理絵氏による寄稿も面白かった。「不在をめぐる会話」と題され、ホン・サンスが近作でどんな実験に挑んでいるのか、また本作で挑んだ実験とは何かを論じている。映画を観て自然に読み取れる実験と、月永氏が視点を変えて見出した“ある実験”について言及されているが、後者の実験は自分では思い至らず本作の新たな魅力を知ることとなった。このことを頭に入れて、本作や、過去作、あるいはすでに発表済みながら日本公開を控えている(であろう)ホン・サンス作品を今後も楽しんでいきたい。

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