見出し画像

腸の迷宮:サラリーマンの健康診断奮闘記

会社の年次健康診断の日が近づいてきた。毎年恒例のこの行事は、社員たちにとって健康への警鐘であると同時に、ある種の試練でもある。特にバリウム検査は、多くの社員が密かに恐れる項目の一つだった。

検査前日、私は規則通り夜9時までに夕食を済ませた。しかし、空腹感と緊張からか、ついお酒に手が伸びてしまった。「少しぐらいなら...」という甘い考えが、後々の苦難の始まりとなるとは、その時は知る由もなかった。

翌朝、頭痛と空腹感に苛まれながら会社に向かう。駐車場には既に検診バスが到着しており、準備に取り掛かっていた。外勤の同僚たちが次々と検査を受けていく中、内勤の私は最後の組となった。

ようやく順番が回ってきて、一連の検査が始まった。血圧測定、採血、心電図と、淡々と進んでいく。そして最後に待っていたのが、あの悪名高きバリウム検査だった。

発泡剤を飲み、続いてどろりとしたバリウムを流し込む。その味と質感は、毎年経験しているにもかかわらず、慣れることはない。げっぷを必死に抑えながら、検査台に横たわる。

そして始まった、まるでジェットコースターのような体の回転。「なぜこんなに回さなければならないのか」と疑問に思いつつも、検査技師の指示に従って体を動かす。頭がくらくらし、胃の中でバリウムが波打つような感覚に襲われる。

検査が終わり、ほっと一息つく間もなく、看護師から下剤の説明を受ける。「2錠飲んで、7時間後に白い便が出なければ、さらに2錠追加してください」という指示に、不安が胸をよぎる。

その日の勤務中、何度かトイレに駆け込んだが、期待の白い便は現れない。7時間後、言われた通りに追加の下剤を飲む。

帰宅後、普段通りの夕食を摂り、PCの前でニュースをチェックする。シャワーを浴びた後、またしてもお酒の誘惑に負けてしまう。「これで腸も緩むだろう」という甘い考えが、再び私を苦しめることになるとは。

夜中、何度か下痢気味の便が出たものの、バリウム特有の白い固形物は見当たらない。不安が徐々に大きくなっていく。

翌朝、腹部の張りと痛みで目が覚める。「これはまずい」という直感が頭をよぎる。バリウムが排出されないと腸閉塞を起こす可能性があり、最悪の場合...考えたくもない結末が頭に浮かぶ。

急いで会社に休暇を取ることを伝え、かかりつけの病院に向かう。診察室で事情を説明すると、即座にレントゲン検査となった。結果は予想通り、「バリウムが残留しています」という医師の言葉に、胸が締め付けられる思いがした。

即効性のある座薬タイプの下剤を処方され、帰宅後すぐに使用する。15分ほどで効き始めるはずが、出るのは水様便ばかり。1時間後、指示通りに2錠目を使用。さらに腸の動きを活発にしようと、近所を軽く散歩する。

しかし、状況は一向に改善しない。水様便が続くだけで、バリウムの気配すら感じられない。恐怖心が増していく中、予備でもらった経口の下剤も服用。「これでも出なければ...」という不安が頭をよぎる。

過去の大腸内視鏡検査で、「大腸が通常より長い」と言われたことを思い出す。これが今回の困難の原因なのかもしれない。長い大腸は水分を過剰に吸収し、便を固くする。まさに自分の症状そのものだ。

下剤を飲んでから4時間が経過。腹部の張りと吐き気が増すばかりで、バリウムは一向に出る気配がない。藁にもすがる思いで、普段便秘時に使用するコーラックを3錠追加で飲む。

その夜、全く食欲はなかったが、無理をして夕食を摂る。野菜たっぷりのオートミールカレーを、苦しそうに口に運ぶ。食事を終えてほっとした瞬間、突然の便意。

「ついに来た!」とトイレに駆け込む。何とか排便でき、腹部の張りもやっと和らいだ気がした。しかし、本当にバリウムが出たのかは定かではない。

2日後の再診察。レントゲン撮影の結果を待つ間、不安と期待が入り混じる。診察室に呼ばれ、目の前に掲げられたレントゲン写真を見つめる。

「バリウムはほとんど出ていますが、2か所残留している箇所があります」という医師の言葉に、安堵と新たな不安が同時に襲ってくる。大腸の奥の憩室と腸壁に残っているという。さらに、医師は腸の一部が細くなっていることを指摘し、何かができている可能性を示唆する。

その言葉に背筋が凍る思いがしたが、すぐさま内視鏡検査を希望した。健康診断から始まったこの一連の出来事が、思わぬ方向に展開していく予感に、複雑な心境を抱きながら診察室を後にした。

この体験は、日常的な健康診断が時として予期せぬ展開をもたらし、自身の健康について深く考えさせられる機会となることを痛感させた。また、規則を守ることの重要性と、自分の体質を理解することの大切さを改めて認識させられた貴重な経験となったのだった。



この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?