日々の反省不足を定期的に埋める
ここに来て、30代の頃に無理して
ガツガツ働いていた頃のような
働き方を強いられている。
50歳も間近というのに、体力勝負で
やっていた若い頃のような働き方を
するのはなかなか大変だ。
年に一度のプランニングが大詰めを
迎えているので、仕方がないと
言ってしまえばそれまで。
それにしても、もう少し前々から
計画的に準備を進め、直前にここ
までバタバタしなくてもよい進め方
ができなかったのか。
そんな反省をせざるを得ない。
このnoteを書く時間も含めて、日々
自己反省をする機会を設けている。
成長を志すなら、毎日少しづつでも
自己反省をすることは必須。
つまり、PDCAを回すなら毎日、と
いうわけだが、毎日どころか毎時、
毎分、「時々刻々」反省を行い、
フィードバックを適宜行動に組み
入れていくことができれば、成長
速度は飛躍的に伸びるはず。
ということを、頭で分かっていても
実際に行動に落とし込めているか、
そこが問題である。
日々の反省、そして行動への
フィードバックを頑張って進めた
ならば、理想的には常にうまい具合
に物事が循環していくことになる。
とはいえ、そうは問屋が卸さない。
何ごとか、うまく行かないことが
発生するのは世の常。
それを他人のせい、環境のせいに
してみたところで、誰も助けては
くれないのだ。
「指を自分に向ける」という
表現を最近学んだのだが、
指を他人や環境に向けて
「お前のせい」
とやっているうちは、問題が
解決することはないのである。
つまり、自分が反省するしかない。
日々の反省が足りなかったから、
更に大きな反省を行う機会を持つ
ようにするしかない。
こうやって、「反省」という言葉
ばかり書いていると、何だか暗い
気持ちになってくる気がしなくも
ないが、それは「反」という字が
「反対」という言葉などの影響で
ネガティブな響きを持っているせい
かもしれない。
実際、「反省」の「反」には、
そんなネガティブな意味合いは
なく、単に反り返る、振り返る
ということだ。
英語では、Self-Reflectionという
訳が充てられる。
単にReflection/リフレクションと
言っても良い。
話が逸れてしまった。
とにかく、日々の小さな反省も
完全性を持つことはできない。
やがて、理想と現実の間の埋ま
らなかったギャップが、徐々に
積み重なっていく。
その積み重なりを、定期的に
大きな「反省」の機会を持つ
ことによって埋めていかなけれ
ばならない、そんな気付きを
記しておきたい。