ごめん、情報もコンテンツもあふれ過ぎて選べないんです。
子供の頃、大作のゲームが出る時はまだかまだかと待ち遠しかった。
ドランゴンクエストやファイナルファンタジーといったゲーム好きなら、いやゲーム好きでなくとも知っているような大型のRPGは特に一大イベントで、ゲームショップの前には発売当日の朝から行列ができていた。
ぼくは小学生当時の最新ゲーム機であるスーパーファミコンなどは持っておらず、友達の家に見せてもらいに行くくらいで、いつもうらやましく思っていたものだ。
今考えれば、そんな「見ているだけ」のゲームの何が面白かったのかわからない。
ん?…たしかあの時って、友達が一人でRPGをやっているのを見せつけられた後に、みんなでできるようなゲームをやっていた気がする。
スネ夫か。あいつはスネ夫だったのか。
思い出したら腹が立ってきたよ。
いや。今日はそんなグチを書こうと思ったんじゃない。
大作ゲームは数ヶ月に一度、もしくは年に一本など、とにかく貴重で、ぼくらの中では数年に訪れるオリンピックかのような期待を持たせてくれた。
言い換えると「買わないと言う選択肢はない」。
お金さえあれば必ず買う、一択商品だったのだ。
それから10年ほど過ぎると、大作と呼べるような名作のゲームはいくつも連続で生まれるようになり、何かを買わずにいるとすぐに気になるゲームが出てしまって、もはや「何をいつ買っていいのかわからない」といった感覚になってしまった。
現代ではゲームに限った話ではない。ありとあらゆる物、コンテンツがあふれにあふれている。
何を隠そう、ぼくは根っからの優柔不断で、パン屋さんなどでパンがズラーっと並んでいると頭の中が半ばパニックに陥ってしまって、逆に選べなくなる。
だから最近はそういう美味しそうなパンがたくさん並ぶパン屋さんには入らないようにしている。
何を買っっていいのかわからないのだ。
コンテンツの代表格といえば「マンガ」だろうか。マンガの種類もすごいよね。どんなマンガがあるのかまったく把握しきれない。
何を隠そう、ぼくの妻は成人マンガを書く成人マンガ家なんだけど、ぼく自身は成人マンガには興味がなくて、むしろよかったなとも思うくらいにあふれてるでしょ?成人マンガって。
競合ひしめきまくってる業界で、売れようと思うと大変なんだろうな。
あ、オトナのみなさんはもしよかったら妻のniko(@nikonikopun17)をよろしくお願いします。ぼくは成人マンガ読まないけど、妻のことは応援してます。
・・・ていう感じで、成人マンガもそうなんだけど、どんなマンガもありすぎて手を出せないのが、ぼく。
ゲームもマンガも、ありとあらゆる物やコンテンツやサービスが乱雑状態で、優柔不断のぼくにはとてもじゃないけど選ぶことができない時代。
みんなはどうしてるんだろうか。
今はインターネットのおかげでオススメのものとかサービスを紹介してくれるサイトもあるし、ネットニュースなどでも取り上げられたりしていてそこから選ぶのもありなのかもしれないけれど。
でもやっぱり自分で選びたいっていう思いもあるし、この「選択の自由」が効きすぎている今の時代はぼくにとっては苦しいな。
「多様性」っていうことにの繋がっているとは思うんだけど、ある程度限定されている方がぼくには合っているのかもしれない。
昔のゲームソフトのように、迫り来るある日に向けて自分の欲求を高めていって、それに向けてお金をためたり、心の準備を整える。
きっとぼくは自由度の高すぎることは向いていないんだと思う。
もう一つの問題としては、そういう事に対して助言をもらったり、相談したりする相手が圧倒的に少ないということ。
信頼のおけるだれかから勧められる物とかサービスは使ってみようと思うのかもしれない。だけど、ぼくはそういう相手がいない。だいたいの相談ごとは妻くらいで、何かを買うとかっていうのは自分の判断かインターネットの情報くらい。
でもインターネットのレビューも、「サクラ」が多いっていうでしょ?
もう何を信用して良いのかもわからない。
何を買うのかに悩み、いつ買うのかに悩み、判断材料となるはずの口コミやレビューにも悩む。
いったい、何を信用すればいいというんだ。だれか、教えてくれ。
でも、何も選べなくなって一つだけ良かったと思うことが見つかった。
コンテンツや情報が乱立して、ぼくが選ぶことができなくなったおかげで、それらに費やされるはずの時間が余ってしまっている。
そこに、このnoteが現れた。
今のところ、ぼくの「暇」という時間はnoteを書くことで満たされている。インプットするはずだったぼくの時間は、丸ごとnoteにアウトプットする時間になった。
ゲームをやったらきっと楽しいだろうな。
だけど選べないし、選べないならもうぼくはnoteを書いていればそれで満足することがわかった。
ゲームをやるようにnoteを書く。
マンガを読むようにnoteを書く。
noteを書くことが義務とかノルマではなくて、むしろ娯楽だと思ってしまえたら、これからも何の苦もなく書き続けられそうだな。
あとは、ゲームやマンガのように飽きてしまわないことを気をつけなくてはね。
きっと、今書いているnoteというコンテンツも、みんなが書いているものの中に埋もれているんだろうけど、読んでいるあなたに、この記事にたどり着いてもらえたことが奇跡だと思って、感謝しよう。
どうも、ありがとう。
じゃあ、またね。
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