「食器あげます」と店の前に並べてみたところ
うちの店にはいろんなところからいろんなものが集まってくる。カップ&ソーサー、棚、パーテーション。一番大きな食器棚も、お客さまの椅子も、テーブルも、もともとは別のところにあったもの。そこにはいろんな思い出や思いがつまっている。
2021年1月21日の思いやり。
店の前に「食器あげます」と置きだしてから約1週間がたつ。3年前くらいに閉店した仲良しのお店の、カップ&ソーサー(紅茶・コーヒー・カフェオレ用それぞれ)である。
このカップ&ソーサーは、わたしたちのお店のある、大阪・池田市でやっているバルでたくさんのお客さまをお迎えするために使っていたものだったが、コロナ禍で再開の目途が立たなくなり、この度必要なところへ持って行ってもらいたい。と、お店の前に「食器あげます」の札と一緒にテーブルを出して、置いた。
置き始めて何日か間は一向にもらわれる気配もない。また片付けないとあかんのかな、と思っていたが、今日たくさん動きがあって、知らない人が立ち止まって、カップのかちゃんかちゃん、という音がして、その人たちは何も言わずに去っていった。
新聞紙を置いたり、袋を置いたり、あまり親切にしていなかったので、わざわざ袋を持ってきてそれに詰めて持って帰っていったのだろう。「もらいますね」のひと言が別にほしいわけじゃないけれど、卸をしてくださっているパン屋さんと常連のお客さま以外は、誰も何も言わずに持って帰った。
片付けをするときに、店長が気づいた。
「あれ、ソーサーだけ持って帰った人がいる」
様子を見ると、二つあったかごはひとつになり、コーヒーカップだけが残っている。カフェオレのカップ&ソーサー、紅茶のカップ&ソーサーと、コーヒーのソーサーが持って帰られているのだ。
「こんな持って帰り方したらさ、このカップはゴミになるしかない。もし無料で「あげます」といわれたら、普通、次もらう人のことを考えて、もらって帰るやろう?俺はこういうの不愉快やわ」
そういうことだ。少しの思いやりと、少しのがまんが誰かのためにになる。
せっかく置いたのだが、少し残念な気になった。
今日のこねこ
ひらめ 152g
かさご 147g
さより 141g
みんなでだんごになって寝ています。おやこって素晴らしいなと思うわけです。