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ep.3 一晩一緒に寝てくれた犬 【見知らぬ人の親切 ロンドン編】
それはロンドンに来てまだまもない頃だったと思う。
シングルベッドの部屋を借りた家の大家さんには犬二匹がいた。
私は犬と一緒に住むのは初めてだった。
おじいちゃん犬は人によくぴったりとくっついて、大家さんがいない時は私の側にくる子だった。
おばあちゃん犬の方は、キツネを追いはらうことに闘志を抱き、夜になると庭をパトロールしては吠える子だった。
そんな二匹の犬との生活に慣れてきた夏のある日、部屋の窓のまわりに尋常でないハエがいることに気がついた。
日本のような網戸がないロンドンの家は、窓を開ければ虫が入ることは避けられないのだが、これほどまでの数は普通でないと思った。
大家さんに助けを求め、一緒にハエを外へ出したものの、どこかに見えない小さな入り口でもあるのか。外に出してはまた増えるのイタチごっこが続いた。
格闘してくれる大家さんと、不安な表情を浮かべる私。
静かにその様子をじっと見つめていたのは、おじいちゃん犬だった。
夜がきて、窓のすぐ側にベッドがあった私はなるべく昼間のできごとを想像しないようにと願うように眠りにつく。
そして朝、おそるおそる目を開けると、私は何かが部屋にいる気配を察した。
はっとして周りを見渡すと、床でおじいちゃん犬が寝ていた。
いつもの彼は寝る時も大家さんにぴったりで、夜ふかしがちなおばあちゃん犬とは違って、大家さんと同じ時間に布団に入っては朝まで出てこない子だった。
その晩いつからそこにいたのだろう。こんなことは初めてだった。
私が体を起こすと「もう大丈夫そうね」と見計らったかのように、彼も体を起こし、静かに大家さんのいる下の階へと降りていった。
驚いてハエのことも少し忘れるくらいだったが、私の直感は彼は不安な気持ちを察して、一晩ここにいてくれたのではないかと思った。
彼はひと恋しさに、人の側にいるのかと思っていたけれど、逆だったのかもしれない。
ひと恋しい人の側にいてくれたのかもしれない。
そんな優しいあなたのことを想いながら絵を描いていたら、秋独特の寂しさみたいなものも相まってか目がうるんでしまうよ。
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ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
「The Kindness of Strangers」では、見知らぬ人々の親切を綴っています。
知っている人や、動物たちの話も時々まじると思います。
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