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遅効性の毒〜CURE〜(中編)

※ちょっと長いです。

2002年の冬。
いよいよ高校受験が目前まで迫ってきているこの時に、俺はもう頭の中が黒沢監督の事でいっぱいだった。
この人はどんな映画を作ってるんだろう。
あるなら見てみたい。
そればかり考えるようになって、勉強がほとんど手につかなかった。
かといって志望校に落ちてしまっては元も子もないので、7:3(映画:勉強)の割合で何とかしのぎ切って合格できた。我ながらよく合格できたもんだと自分で自分に呆れる。

受付で高校のパンフレットを貰いどんな部活があるのか読み進めていると、まさかの出会いがそこにあった。

「映画研究部」

ここしかない、これは運命だ…!
このタイミングで映画監督に興味を持ち、尚且つ映画を作る部活まで…この時点でもう気分は舞い上がっていた。
それからは毎週毎日のようにビデオ屋に通いあれもこれもと映画やドラマを見まくった。
黒沢監督の他にも「秘密の花園」や「アドレナリンドライブ」、当時では「ウォーターボーイズ」がブームになりつつあった矢口史靖監督、「リング0」や「ほんとにあった怖い話」の鶴田法男監督の作品などを片っ端から見まくった。
見たからと言って映画の技術が身に付くものじゃない、むしろ知識ばかりが増えていってただの頭でっかち映画オタクになるだけだ。
でも、これだけ見続けたのはただ一つの気持ちしかなかった。

「黒沢監督みたいな映画を撮りたい」


夢を語るだけならなんぼでも語れる。
現実とはかくも非情で残酷なものだった。
「研究部」とは名ばかりで、蓋を開ければそこはゲームやアニメのオタクしかいない場所だった。
一応映画は作っていたが、それも全国大会用の作品が殆どで自主的に映画を作るという環境ではなかった。
しかも映画制作も顧問による脚本改変が強く、生徒の自主性を養うとは何なのかと思えるくらい酷い有様。

ここは俺が来たかった場所なんだろうか…

そんな疑問を抱えたまま、勉強と部活に振り回される3年間を駆け抜けた。
唯一の救いは、部活に所属している最中に脚本、監督を2回担当できた事だった。
それでも、自分が本来撮りたかった映画とは程遠い内容になり、自分の作品なのに自分の作品じゃない気持ちになっていた。
今になって思えば楽しかった事もあったけど、当時はもう全てを放り出して逃げ出したい気分だった。

そんなこんなで無事高校3年を迎え、もうすぐ高校卒業という時期。
相変わらずレンタルビデオ屋で映画を漁りまくっていた時、一本の作品に目が停った。


「CURE」


主演は役所広司、萩原聖人。
しかも監督脚本は敬愛する黒沢清。
「しまった、見逃していた」
当時はインターネットもそこまで一般的でなく、作品を調べるのもビデオ屋かビデオに収録されている予告編を見るしか情報が得られなかった。
(昔のレンタルVHSは最初の方にレンタル開始日近くに公開、またはレンタルされる映画の予告編が収録されていた)
見つけたからには見なければ。
どんどん黒沢清のエッセンスを身体に入れなければ、と既に熱狂的なファンになりつつあった。

これもきっと、俺が見たい黒沢節が満載に違いない…!

その膨れ上がった期待値を抑えながら、意気揚々とビデオデッキにテープを入れた。


1998年、今でこそ一般的になった「Jホラー」というジャンルの火付け役になった一本の映画が公開された。
誰もが知る、あの有名な怨霊「貞子」が出てくる伝説のホラー映画。

「リング」


「呪いのビデオ」と言われるビデオテープを再生して、それを見た者は7日後に必ず死ぬ呪いをかけられるというストーリー。
「呪い」と「毒」というのは似たようなもので、即効性の物もあれば遅効性の物もある。
「呪いのビデオ」はその後者だ。
最初にこのビデオを見た人間は誰しもこの意味不明な映像を見て「何これ?」と思うだろう。
「リング」の登場人物達も皆同じ反応だったと思う。

話が少し脱線したが、「CURE」を初めて見た俺はこう思った。

何これ…?


確かに演出やカメラワークは黒沢監督の作品そのものだった。
けど、何か思ってたのと違う…。


ストーリーは、胸元を「X」の形に切り裂くという連続猟奇殺人事件が発生し、その犯人を追う刑事。
ところが、犯行の手口はみんな同じなのに犯人はバラバラ。オマケに捕まった犯人達は何故自分がそうしたのかを覚えていなかった。
それと同時に、千葉県の海岸で一人の若者が浮浪者のような姿で偶然居合わせた小学校教師の男性に保護される。
若者は自分が何者なのか、何故その海岸に居たのかすら覚えておらず、保護した男性に様々な質問を繰り返す。
そして、そこから事件の全貌が徐々に明らかになっていく。


「ダメだ、わからん…… 」



言うてまだ高校生だった俺は、このストーリーを完全に理解する事ができなかった。
演出は見てすぐに「黒沢清監督だ」と思えたが、「回路」や「学校の怪談f」の「廃校綺談」のような「The・ホラー」ではなく、まさしく大人向けの映画で退屈に思えてしまった。

見てしばらくはこの作品を理解できなかった事、黒沢清監督の本質を掴む事ができなかった事が悔しくて堪らなかった。

同時期に「カリスマ」も見たが、これはもっと難解で理解する以前の問題だった。

ちくしょう、俺はまだまだ子供なんだ…。

漠然とした不安や期待を抱え、俺は長いようで短い高校生活を卒業した。


だが、この「CURE」という毒が、ジワジワと確実に俺の脳みその奥底で育っていく。

その毒にやられるのは、およそ数年後だった。


次で終わる。


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