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風ボッサ

あれはもう三月の頃だ、春一番でもないけれど二日間程度風が強い日があった。いやここでその日が何の意味をなすのかは分からない。しかし単にそのとき風が強かっただけ。そしてその時に思った。風に吹かれると気持ちいい。冬の氷点下近い北風でもなんだか晴ればれすることもある。春の風だとなおさらだ。街にいても川にいても海にいてもね。そんな日はボサノヴァが頭の中に響いた。ああ、思い出した。去年も似たようなことがあった。もうその"雨ボッサ"から一年近くが経とうとしている。


Com Você É Pior - カルロス・リラ

ボサノヴァというとさんさんと太陽が降り注ぐような光景、イメージを感じる。それはそれでステレオタイプ的なものかもしれない。だがこの曲はその中でも何か急いでいる風に吹かれているよう。アップテンポのリズムは軽快で、そしてギターの爽やかなリズムも風を感じさせる。そしてフルートの音がそれよりも細かく繊細な風を運び、ホーンの音が大きくて重厚な風を表しているようだ。そしてカルロス・リラさんの美声のボーカルは、風の中を泳いでゆく鳥のようなさえずりではないが、「空から見てなんでも知っているよ」とでも言っているよう。ラブソングなんだけどそんな広大なイメージを感じてしまう。


Hó-Bá-Lá-Lá - ジョアン・ジルベルト

夕日が沈みまだ明るい夕焼の中夜がやってくる。その時にささやくように、つぶやくように、歌うラブソング。ジョアン・ジルベルトさんの独特の少し鼻にかかった声が落ち着きを感じさせ、彼女と会うのが待ち遠しい。コーラスは二人を見守っているような、そんな歌。そのゆっくりとした時間は二人の世界に終わりがないとさえ感じてしまう。天井のない幸せに包まれて二人の昇華する夜。見つめあうグラスの向こう。お互いの顔。外に風が吹こうと構わない。こういう曲も聞きたい。


Wave - アントニオ・カルロス・ジョビン

有名どころが並ぶが上記のジョアン・ジルベルトさんと並びボサノヴァの心臓のような人。この曲は波だが、いかにも荒々しいようなものではなく、凪に近いような、いや、それよりも空のことが気になるような曲だ。高く抜けた空に青が広がりそよ風が吹く。そんな光景を思い浮かべる。ピアノが引っ張りホーンが支え、ギターが情景を表す。そんな中、つむった目に見えるのは入道雲。青の中の白だ。


Chora Tua Tristeza - ラロ・シフリン

ボサノヴァというよりもジャズっぽい感じのする曲だが、演奏が始まった時の静寂と、テンポがアップになって空を覆っていた雲を風が切りさわやかな空気を運んでくれるような、そんな時間の流れを感じる曲。さわやかに吹いている風もピアノとフルートの音でどんどん突風のようになり、吹き荒れるほどでもないが風まみれの混沌へと変わる。そこら辺がジャズの雰囲気でちょっと大人の雰囲気、普段のボサノヴァとは違った新鮮さを感じる。


Obrigado - テイ・トウワ

清々しい心にさっと風が吹き抜ける。そんな曲。男性ボーカルと女性ボーカルの重なりが心地よく響く。ギターと声だけで始まる最初の部分は息遣いも聞こえ心に直接響いてくるようだ。途中から伴奏のギターとは別のギターの特徴的な音が聞こえてきて、ストリングスがひんやりとした空気を伝える。ピアノの伴奏も始まると陶酔してしまう。女性ボーカルのコーラスが聞こえてきたら最高潮だ。因みにボーカルの女性はジョアン・ジルベルトさんの娘のベベウ・ジルベルトさんだ。そしてピアノもここという場面でガツンと響き心に残る。そしてアリガト、アリガト、アリガトです。



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