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連載小説(42)漂着ちゃん
「これでいいわ。所長にはやはり今後は黙っていてもらいましょう」
エヴァは微かに笑いながら冷然と言った。
「再び所長を停止させたのですか?」
「いえ、そこまでする必要はないですね。所長を止めることで、町の機能まで止めると、無用な混乱が起こるかもしれませんから」
所長を止めたわけではない?
いったいエヴァは何をしたというのだ?
再びエヴァが語り出した。
「所長なんて止めなくても、私たちが所長の言うことを聞かなければいいだけですよね。所長のスピーカーをオフにしただけです。これで十分です」
エヴァはイサクを抱きながら、私にこれまでの心の動きを話し始めた。
弥生の世に生きていた頃は、エヴァは呪術的な才能に恵まれていた。あまりに的確に未来の予測するから、人々はエヴァの言うことを強く信じるようになった。天才的な呪術的才能を持つ女の子として、人々の崇拝の対象にすらなったという。
「けれども、私も、他の女と同様に、1人の女であることには変わりありません。私はある時、恋に落ちました。そして、愛する人の赤ちゃんが私のお腹に宿りました。けれども、喜びも束の間のことでした。赤ちゃんが出来たと分かってからすぐに、彼は戦争で死んでしまいました。そして、そのあとを追うように、私たちの赤ちゃんも流れてしまったのです」
「それからというもの、私から呪術的な能力も消えてなくなってしまいました。失意のどん底を経験しました」
私は黙ってエヴァの話を聞いていた。
「その後、弥生の世に生きていた私がどういう経緯でこの時代のこの町に流れついたのか、私にもよくわかりません。意識を取り戻したときには、すでにここに漂着していたのです」
「この時代に流れついて最初に目にしたものは、この地下室の光景でした。どうやってここに運ばれてきたのか、結局わからないままです。何度か所長にそのことを尋ねましたが、ほんとうのことは分かりません。あなたがナオミを発見したのと同じ川に漂着していた私を、護衛官が見つけ、ここに運んだという説明でした」
エヴァは淡々と話し続けた。
「この町にたどり着いてから、私はAIである所長にすがっていたのでしょうね。かつて持っていた将来を見通す力を失った私は、盲目的に所長の言うことを信じてしまったのです。しかし、それはある意味において、楽だったのです。所長の言うことに従っていれば間違いない。そう信じていれば、自分の頭で考える必要がありませんからね。実際に、所長が間違ったと思うこともありませんでしたから」
私は尋ねた。「所長に対する信頼というか、信仰が揺らいだのはなぜですか?」と。
「さきほども言いかけましたが、あなたとナオミとの間にヨブが生まれたのを知った時です。私は、弥生の世で流産した経験があり、所長から『流産したことのある女は、二度と子どもを産むことはできない』と言われました。けれども、だれよりも愛するあなたとの間に子どもができないなんて、そんな不条理なことがあるはずがない。そのときに、所長の理性的な言葉よりも、私自身の気持ちを優先させたいと思ったのです」
…つづく
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