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短編小説 | 「あの女」(remake version)
(1)現在
「あんたが、あのビルから出てきたところは目撃されている。防犯カメラにもあんたの顔がはっきり写っている。言い逃れはできないよ」
私は取り調べを受けている。2時間だけ滞在したのは事実だ。しかし、断じて私は殺人などしていない。ずっとあの女といっしょにいたのだ。
「あのビルに行ったのは事実で間違いないね」
「はい、間違いありません」
「何しに行ったの?あんな廃墟みたいなビルへ?」
私は女に誘われて、あのビルの中へ入ったのだ。いわゆる街娼だ。殺人の容疑をかけられるよりましだ。
「わたしは、女を買ったんです。きれいな女でした」
取り調べ官が驚きの表情を見せた。
「あんたが抱いたのは、もしかしてこの女かい?」
「はい、間違いありません。この女です」
「実はね、この女はあのビルで1年前に殺されたんだよ。あんたが抱いたのは、誰だったんだろうね」
(2)1年前
「お兄さん、あたしとちょっと遊んでいかない?」
「おいくらだい?」
「いくらでもいいよ。お兄さんの好きにしていいよ。いくらでも、一生懸命、奉仕するから」
「あとで法外な金額を請求しないだろうね」
「あたしが欲しいのはお金じゃないから。ちょっと温もりが欲しいだけで」
それにしてもいい女だ。哀願するような目付きを見ているうちに、私は女の虜になってしまった。
「わかった。今晩だけ君と一緒に過ごすよ」
「あ、お兄さん、気持ちいいよ。このまま、死んでしまいたい。お願い、殺して」
「殺す?なぜ?」
「あたし、もう疲れちゃったの。何もかも嫌になってしまって。死ぬ前に誰でもいいから、あたしがいることを喜んでくれる人がひとりでもいてくれれば、もうそれで十分なの。何度も自殺しようとした。けれど、どうしても出来なかった。誰も幸せにすることなく死ぬなんて嫌だったから。でも、もういい。お兄さん、今、あたしと一緒にいて楽しい?」
「ああ、もちろんだよ。こんなに人の温もりを感じたのは、はじめてだったかもしれない」
「ほんとう?じゃあ、あたしのことを殺して」
「何で殺さなくちゃならない?こんなに可愛い子は殺せないよ」
「あたしの一番の願い事でも?あたしって、もう人を信じられないの。だけど、もし、お兄さんの言葉が嘘じゃないなら、あたしを殺してほしいの。お兄さんには絶対に迷惑をかけないから」
「どういう意味?死なれてうれしいことなんてないよ」
「あたしは殺されても、絶対にお兄さんが捕まらないように、あの世へはいかない。この世とあの世との間に漂いつづけるから」
私にはもう何も言うことがなかった。女の首を両手でゆっくりと絞めあげた。
(3)現在
「この女に間違いありません。誰なんです。なぜ、殺されたんです?」
私は取り調べ官に尋ねた。
「懸命に捜索したが、どこの誰だか、身元が判明していない。死因はおそらく窒息死。けれども、なぜ窒息したのかわからない。これだけ遺体がちゃんと残っていて、検死を行えば、たいてい死因は特定されるんだがね。おっと、これはあなたに言ってはいけないことだった。でも、あなたが抱いたであろう女には、謎が多すぎるんだ」
私は、今、殺人容疑をかけられていることを忘れて、ただ取り調べ官の話を聞いていた。
おしまい
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