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「自分らしさ」の解像度を上げるノート

自分らしく働きたい。誰もがそう思ってるはずです。では、みなさんは実際に今、自分らしく働けているでしょうか。

この質問に答えるのは、自分らしい仕事を見つけるのと同じくらい難しいかもしれません。なぜなら、「自分らしい」という言葉の意味がとても曖昧でつかみづらいからです。

自分らしく働くには、何よりまず「自分らしい」の正体を突き止めなくてはなりません。

そこでこの記事では、わかりやすさを何より重視しつつ、リーダーシップ論などの専門的な議論にも少し首を突っ込んで、この言葉の解像度をグッと上げていきたいと思います。


自分らしさ(オーセンティシティー)とは

「自分らしさ(オーセンティシティー)」という言葉が、ビジネスの文脈で頻繁に使われ始めたのは2000年代の中頃からです。きっかけは、ハーバード大学の教授で、医療テクノロジー会社メディトロニックの元社長であるビル・ジョージが出版した2冊の本でした。

「オーセンティック・リーダーシップ」「トゥルー・ノース」と題されたこの2冊で、ジョージはこれまでの常識を覆す現代の新しいリーダー像を描き、以下の5つをその特徴としてあげました。()の中は、日本語として分かりやすく表現するために私の解釈を加えた訳語です。

  • Purpose(働く理由)

    • 自分らしいリーダーは、なぜ自分が働くのか、自分が仕事を通じて何を達成したのかをしっかりと理解しています。

  • Values(ブレない行動原則)

    • 自分らしいリーダーは、「常に機嫌よくある」「まずはしっかり話を聞く」などといった、一貫した行動原則を持っています。

  • Heart(思いやり)

    • 自分らしいリーダーは、他人を思いやり、他人に共感する心を大事にします。また、それゆえに高い倫理観と道徳心を備えています。

  • Relationships(オープンな関係性)

    • 自分らしいリーダーは、オープンな姿勢で多様な意見を受け入れます。自分自身に対するフィードバックにも開かれた心で耳を傾けます。

  • Self-Discipline(自制心)

    • 自分らしいリーダーは強い自制心で自分自身に「波」をつくりません。例えば、その日の機嫌次第で反応や判断が変わる、などということがありません。

私なりに一言でまとめると、自分らしいリーダーとは、「まわりに変な気を使わせず、多様な意見に耳を傾けるオープンな心を持っていながら、同時にブレない自分の軸と倫理観・道徳心をあわせ持っている人」ということになります。実際にそんなリーダーがいたら、確かにこの人についていきたい、と思わないでしょうか。

オーセンティックなリーダーの実例

これこそまさに理想的なリーダー像だ、とここで皆さんが感じたとしたら、何よりそれが時代の変化を物語っています。なぜなら、このようなリーダー像は、当時はあまり一般的ではなかったからです。

伝統的に、リーダーには「強さ」が求められてきました。リーダーは強くなくてはならない。それが全てに先立つリーダーの条件だ。私たち人類は太古の昔からリーダーについてそう考えてきましたし、今でもそう思っている人は少なくないのではないでしょうか。

このような伝統的な「強い」リーダー像においても、「思いやり」や「傾聴の姿勢」は、あればそれに越したことはない美徳でした。しかし、それらがリーダーとして求められる「強さ」とバッティングする場合は、迷いなく「強さ」が優先されてきたのです。

リーダーは時には冷酷ではくてはならない。嫌われる勇気を持たなくてはならない。そんな格言には、まさにこの「強さへの絶対的な支持」が表れています。

「自分らしい」リーダー像においては、その優先順位が逆転しています。先ほどの5つの特徴に、伝統的な意味での「強さ」が入っていないことからもそれがわかるでしょう。「自分らしい」リーダーシップにおいて、「思いやり」や「共感力」は勝つためなら強さの犠牲にしていいものではなく、むしろ勝つために優先すべきものだと考えられているのです。

スティーブ・ジョブス氏が、人類史上最も偉大なビジネスリーダーの一人であることに疑問を挟む人はあまりいないでしょう。しかし、「まわりに変な気を使わせず、多様な意見に耳を傾けるオープンな心を持っていながら、同時にブレない自分の軸と倫理観・道徳心をあわせ持っている」自分らしいリーダーかというと、それは疑問です。

一方で同氏の後を継いだティム・クック氏は、まさにこの「自分らしいリーダー」を絵に描いたような指導者といえます。クック氏は、ジョブズ氏から引き継いだアップルの価値を、その後文字通り10倍にしました。そんな偉業の裏には、伝統的な「強い」リーダーシップから新時代の「自分らしい」リーダーシップへの同社の変遷が、実は隠されていたというわけです。

Bill George ”Authentic Leadership: Rediscovering the Secrets to Creating Lasting Value””True North: Discover Your Authentic Leadership"を参考に筆者が作成

なぜ「自分らしい」リーダーが必要なのか?

アップルの積年のライバルとも言えるマイクロソフト社でも、典型的な「強い」リーダーだったバルマー氏から、肩肘張らないソフトなリーダーシップスタイルで知られるナデラ氏にCEOの交代が行われています。クック氏のCEO就任の3年後のことです。

グーグルCEOのピチャイ氏も、インタビューで語られる仕事観などからは、この系譜のリーダーであるように見受けられます。今だに「強い」リーダーシップが幅を利かせている地域や業界も多いのは事実ですが、最先端の企業に先取りされる時代の流れは、確実に「自分らしい」リーダーシップスタイルに向かっているのです。

では、なぜそうなるのでしょうか? これには2つの理由が考えられます。1つは、VUCA(移ろいやすく、不確かで、複雑で、曖昧)と表現されるこの時代に、激しい変化をいなす「しなやかさ」がリーダーに求められているからです。

「レジリエンス」という言葉を聞いたことはないでしょうか。この言葉は、「オーセンティック」と歩調を合わせるように、2000年代の中ごろからビジネスの文脈で多用されるようになっています。「回復力」などとも訳されますが、これこそまさに、変化をいなす「しなやかさ」を意味する言葉なのです。

Google Trendsより

湖や川などの水辺に生える柳の木は、遮るもののない強風を上手にいなします。温暖な気候に育つ樫のように「強い力」で突っ張るのではなく、「しなる力」で巧みに外圧を受け流すのです。いつどこから突風が吹くともしれない、変化の激しい現代社会において私たちが身につけるべきは、まさにこのような「しなやかさ」なのです。

柳の枝はなぜ「しなる」ことができるのでしょうか。それは、付け根の部分がしっかりしているからです。枝や葉っぱが風に身を任せる一方で、付け根がしっかりとそれを支えることで、はじめて柳は強風をやり過ごすことができます。

自分らしさ(オーセンティシティ)は、私たち個人の中で、まさにこの「付け根」の役割をはたします。しなやかさ=レジリエンスの根っことなるのです。時代の突風に体や心を持っていかれそうになった時、自分らしさを確かな「付け根」として上手くしなることで、それをやり過ごすことができる人。そんな人になれたと想像してみてください。

集団を率いる「リーダー」のみならず、現代に生きる私たちは誰もがすべからく、このしなやかさを身につけておくべきなのです。それが自分自身や、自分の大切な人たちを守る一番確かな方法だからです。

自分らしさは未来の組織のパスポート

「自分らしい」リーダーが、来るべき時代のリーダーだと考えられるもう一つの理由は、私たちが所属する「組織」が今後どのような姿になっていくのか、という未来予測と関係しています。

組織研究者のフレデリック・ラルーは、文明が進化するにつれて、そこでビジネスや政治、宗教などの活動が営まれる組織のあり方も徐々に進化してきている、ということに注目しました。

フレデリック・ラルー「ティール組織」をもとに筆者が作成

Red(赤)で表現される原初の組織では、最も力を持つリーダーがそれを権威としてメンバーをコントロールします。動物の群れをイメージするとわかりやすいでしょう。Amber(琥珀色)で表現される次の段階では、厳格なルールと階層構造で組織が運営されます。混沌とした戦国時代を治め中国を統一した秦が、律令制度と官僚組織で国を統治したのはこのAmberへの進化と言えるでしょう。

Orangeで表現される次の段階は、ルールがありつつも、時にそれを効率で上書きする合理的な組織です。効率が良ければそれが新しいルールになる、といった形で、ルールを絶対視せず逆に効率を信奉するのがこのOrenge組織の特徴です。現在のビジネスで主流なのはこの段階にある組織だといえます。

そして、ここからが未来の組織です。Greenで表現される次の段階は、効率の代わりに価値観・文化が重んじられます。最終段階のTeal(翡翠色)では、これがさらに徹底され、メンバーがそれぞれのパーパス(存在理由)として価値観を強く共有しているがゆえに、管理もリーダーも不要になります。

このGreenやTealの組織は、まだ少数派ですがすでに世界各地に登場しており、またGoogleなどの先進企業は、OrangeからGreenの過渡期にあると見ることもできます。ちなみにこれらの組織は、決して「ゆるい」組織ではありません。価値観を守れなかったり、十分に貢献できなければ追い出されるリスクがあり、意見を言いやすい「心理的安全性」はあっても、職の安全性は高いとは限らないのです。

このGreenやTealの組織で、伝統的な「強い」リーダーシップが機能しないのは直感的にも理解できるのではないでしょうか。リーダーが「力」に基づく「権威」で集団を統率する左端のRedからスタートし、メンバーが「自律」しながら「パーパス」で結びついて組織をなす右端のTealに至るまでの間に、「強い」リーダーシップは次第にその存在意義を失っていきます

Teal組織ではそもそもリーダー自体がいないのですが、リーダーシップは必要ないのではなく、個々人がそれぞれ発揮していくことになります。そんな組織におけるリーダーシップをイメージして、もう一度「自分らしい」リーダーの5つの特徴を振り返ってみてください。

  • Purpose(働く理由)

  • Values(ブレない行動原則)

  • Heart(思いやり)

  • Relationships(オープンな関係性)

  • Self-Discipline(自制心)

これこそまさに、来たるべき時代に私たち誰もが用意し、磨いておくべき考えや能力、資質に思えてこないでしょうか。

自分らしくあるにはどうしたらいいか?

さて、ではその「自分らしさ」というものはどのようにして見つけることができるのでしょう。大づかみにいうと「Doing」から「Being」に深く潜って、そこからまた「Doing」に戻ってくる、というステップで考えてみることがポイントです。

Doingというのは、「普段やっていること」「これまでやってきたこと」と考えてみてください。自分らしい仕事とは一体何なのか?と考えるとき、私たちはつい何をやるべきなのか?というDoingの世界に思いを巡らせがちです。数字を負う営業の仕事より、人と向き合う人事の仕事が自分らしいのではないか、などなど。

しかし、そこにとらわれてしまっていては、自分らしさはなかなか見えてきません。なぜなら、自分らしさは自分の中にあるのに対して、Doingは自分の外に存在する、いってみれば外の世界と折り合いをつけた自分だからです。

ここで大切なのは、「何をやるべきなのか」は一旦おいておいて、「自分はどうあるべきなのか」「どうあることが自分らしいのか」というBeingの世界に思いを巡らせることです。そう言われても、具体的にどうしたらよいかよくわからない。そう思う方は、まずは以下のエクササイズをしてみてください。

  • 自分が今やっていること、これまでやってきたことを一言でまとめてみる

  • 幼少期からの自分の人生で、印象深い出来事を全部書き出してみる

  • まわりの人に「自分のいいところ」はどこか聞いてみる

こうしたエクササイズを通じて、私たちは自分の意識を少しづつDoingの世界から引き剥がしていくことができます。Beingの世界まで深く潜って、「自分らしら」を見つけることは簡単ではありませんが、まずはその片鱗を「感じとる」ことができれば上出来と考えましょう。

オットー・シャーマーの「U理論」は、大きな社会変革を成し遂げたリーダーたちの思考や行動を分析し、そこに共通するパターンを見出して言語化した理論です。かなり乱暴だと自覚しつつ、その難解な内容を私なりに要約したのが以下の図です。

オットー・シャーマー「U理論」をもとに筆者が作成

Uの字の左側に表現されているのは、思い込みやこだわり、偏見などを脱ぎ捨てて、自分の根源に深く潜っていくまでのプロセスです。

右側に表現されているのは、そこで見出した自分の根源を明確にし、それを現実社会での行動に変えていくプロセスです。

「Doing」から「Being」に潜って、そこからまた「Doing」に戻ってくる。それはこのU理論のあらましでもあったわけです。

このプロセスを完全に理解して実践するのは、正直かなり難しいのですが、まずは左側の2番目のステップ、自分らしさを「感じる」ところまでを目指してみるのがおすすめです。そして、そこでなんとなくでも感じ取れた「自分らしさ」を踏まえて、今の仕事やこれからの仕事を振り返ってみるのです。

そうすることで、今後キャリアを積み重ねていくなかで、常に「自分らしさとは何か?」という問いを自分に問い続けることができるようになります。今すぐに明確な答えはでなくても、そうしてはじめの一歩を踏み出すことで、キャリアを築きながら少しづつ「自分らしい仕事」「自分らしい働き方」の輪郭を固めていくことができるのです。

さて、「自分らしさ」の解像度は上がったでしょうか?

私の新著、「幸せな仕事はどこにある」では、このテーマを物語形式で可能な限りわかりやすく、さらに深堀りして解説しています。さらに解像度を上げたい、という方はぜひ手にとってみてください!

幸せな仕事はどこにある: 本当の「やりたいこと」が見つかるハカセのマーケティング講義

<この本のコンセプト(本書より)>
幸せに働きたい。
月曜日の朝に目が覚めたら、これから始まる1週間にワクワクしているような仕事がしたい。
出世なんてしなくても、有名にならなくてもいいから、本当の「やりたいこと」を見つけ、それを誰にも壊されないような働きかたを見つけたい。

この本はそう思っている人に向けて書きました。

そんな「幸せな仕事」が見つからないのは、「見つけるための方法」を知らないから、かもしれません。
私は、その方法を、自分の個性を磨くことと、誰かの役に立つことを両立させるマーケティングの考え方から学びました。
たとえば個性を磨くことは「差別化」、誰かの役に立つことは「ニーズ」という考え方が、それを教えてくれました。

この本は、ちょっと変わった先生の講義を通じてそんな考え方を学ぶことで、3人の男女がそれぞれの幸せな仕事を見つけるまでの物語を描いた「小説」です。
さあ、ページをめくって物語の世界に飛び込んでみてください。
それが「幸せな仕事」を見つけるはじめの一歩です。

幸せな仕事はどこにある: 本当の「やりたいこと」が見つかるハカセのマーケティング講義

<参考文献>

  • "Authentic Leadership: Rediscovering the Secrets to Creating Lasting Value"  Bill George  2004 

  • "True North: Discover Your Authentic Leadership" Bill George  2007

  • 「ティール組織―マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現」 フレデリック・ラルー  2018

  • U理論――過去や偏見にとらわれず、本当に必要な「変化」を生み出す技術 オットー・シャーマー 2010

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