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改めて書いてみます フォルマシオン・ミュジカルって一体なんなの?

フランスで行われている総合基礎音楽教育である、フォルマシオン・ミュジカルについて、いったいどのようなものなのか、その教育目的、日本で行われてるソルフェージュとの違いについて書いてみます。

フォルマシオン・ミュジカルとはソルフェージュが発展したもの

フォルマシオンのそもそもの意味

フォルマシオン(Formation)とはフランス語で「形作ること」という意味です。物理的なものの成形も指しますが、物事を行うにあたって必要な知識を得ること、という意味にも用いられます。音楽教育が フォルマシオン・ミュジカル(Formation musicale。musicale は「音楽の」という形容詞)というのは「音楽をやるにあたって必要な知識を身につける」教育だからなのですが、フォルマシオン・プロフェッショネル(Formation professionnelle。professionnelle とは「職業の」という形容詞)というと職業訓練のことを指します。職業訓練でも職場で実地で行うもの(こちらはスタージュ stage と言います)ではなく、教室での座学が主体です。
つまり、フォルマシオンには、特定の技術を習得するという意味合いがあります。

1978年に制定された教育

フォルマシオン・ミュジカルが制定されたのは1978年です。フランスの文化省が従来の音楽教育では、演奏家は自分の楽器の音楽しか知らない幅の狭い人になることを憂えたことから誕生した教育です。以後、フランスの公立音楽学校(コンセルヴァトワール)で、小学校2年で本コースに登録した時点から授業を受けることができるようになっています。
日本でも知られているパリの私立音楽学校、エコール・ノルマル・ド・ミュージックでは、現在でもソルフェージュという名前の授業になっているようです。
コンセルヴァトワール以外の、アソシエーションなどが設置してる音楽教室や、個人の先生でもフォルマシオン・ミュジカルを取り入れてるところは多いです。

コンセルヴァトワールとは

ズバリ、音楽学校です。都市部にある大きなコンセルヴァトワールにはダンスや演劇、地域によっては絵画のコースもあるので正確には「芸術学校」と呼ぶ方がいいかもしれません。小学生、中学生、高校生が主として登録する第一課程、第二課程は学校の放課後や授業のない水曜日午後を中心に、習い事の一環として行われるものです。時間割にもよりますが週に2回、3回と通う子供が大半なのと、家庭での復習(楽器の練習、フォルマシオン・ミュジカルの宿題など)が必須になるため、習い事としてのボリュームは大きくなります。
教育課程としては、小学生中心の第一課程、中学生中心(終了時には高校生というケースはよくある)の第二課程までは、アマチュアもプロを目指す子も全く同じ授業で、その後の第三課程からはプロ向けとアマチュア向けとに分かれます。

学校と同時に通えるクラスもある

都市部の大きなコンセルヴァトワールに限定されますが、放課後に通うのが大変だけど、音楽をある程度きちんと勉強したいという子供のために Classe horaire aménagé de musique (クラス・オレール・アメナジェ・ド・ミュージック。直訳すると「音楽の時間調整クラス」。頭文字からCHAMと呼ばれています)という、特定の公立小中学校と提携したクラスがあります。このクラスにいると、学校の授業時間にコンセルヴァトワールの授業が組み込まれていて、放課後や水曜日の午後に時間をとってコンセルヴァトワールに来る必要がなくなります。その代わり、授業の一部を抜けることになるため(新しいことはほぼ学習しないようにはなっていますが)、自力で勉強できる、自立している子であることが求められています。
このクラスに入るためには、試験があります。一例ですが「楽器を始めている子は演奏試験と簡単な面接、合唱のクラス授業試験、さらに学校の成績表(授業について行かれない子は無理と判断される)を加味」といったものです。このコンセルヴァトワールの場合、楽器の演奏の上手下手ではなく音楽への興味の度合いとやる気で判断されるということです。
同じようなクラスは、ダンスにも演劇にもあります。ダンスはCHAD(Dは Danse)、演劇はCHAT(Tは Théatre)と呼ばれてます。

フォルマシオン・ミュジカルの対象者は?

音楽に関わる人全員です。プロを目指す人、アマチュアを問わず、誰でも学習する意味があります。
例外は幼児など年少者です。体系的、理論的に教えられるため未就学児には向かないものとなっています。コンセルヴァトワールでフォルマシオン・ミュジカルの授業を受けられる年齢に達していない子供対象には、エヴェイユ・ミュジカル(Éveil musical 直訳すると「音楽の目覚め」)やイニシアシオン・ド・ミュージック(Initiation de musique 「音楽導入」と訳せる)のクラスがあり、そこでは将来の音楽の学びにつながる活動を主にしています。

むしろアマチュアに役に立つと思われる

フォルマシオン・ミュジカルの学習内容は、プロになるのに必要な基礎的なことが満載です。そういう理由からフォルマシオン・ミュジカルはプロになるための音楽教育と思われがちではあります。

しかし、私はこの教育はむしろ質の良いアマチュアを育てるのに役に立つのでは、と考えています。アマチュアは楽器の演奏を必ずしも続けるとは限りません。フォルマシオン・ミュジカルには楽器の演奏から離れても音楽を楽しむ、味わえる生活を続けるために、有用な学びがあります。
アマチュアだからこそ、フォルマシオン・ミュジカルの授業を大切にして欲しい、個人的にはそう感じています。ただ、現在のコンセルヴァトワールの特に第二課程の「専門家向けを視野に入れた授業」がその目的に叶っているかと言われたら、残念ながらそうではないとは思います。ここで難しいのはプロとアマチュアの線引きがいつ行われるかということであり、早くから「アマチュアだからいい」と言い切れないケースがあることなのですが。

ダンサーにも必要とされる

コンセルヴァトワールのダンスのクラスにも、フォルマシオン・ミュジカルの授業が必修であります。ダンスは音楽を聴いて体を動かすというものなので、その音楽を的確に聴き取って、体で反応するための授業となっています。
音楽家向けの授業より、体を動かす内容が多くなっているという話です。

最終目的と日本との違い

フォルマシオン・ミュジカルが目指すところは楽譜に書かれた音楽を的確に表現するためです。作曲をする場合は自分の中にある音楽を適切に他人にもわかるように表現するためといえます。

音楽言語を学ぶ

文学が日本語、英語、フランス語など人々が使っている言語で表現されるように、音楽は音楽言語で表現されます。文学を理解、表現するには言語を理解する必要があるように、音楽を理解、表現するには音楽言語を知る必要があります。

フォルマシオン・ミュジカルは表現をするための音楽言語を学ぶ教育です

「音楽は芸術表現だから、感じたまま演奏すればいいんじゃない?」と思われるかもしれません。
しかし、絵画でデッサンを学んでから絵筆を持つのと、何も知らないでただ絵筆を持つのとでは、表現できる内容が違います。絵画におけるデッサンは絵画における言語とも言えるわけで、音楽も同じなのです。
まずは表現するために手段としての言語を学ぶ必要があります。
さらに、音楽は「再現芸術」です。演奏家の場合、書かれたものを理解し、それを表現します。まずは書かれたものを冷静な目で見つめて理解し、さらにそれを相手にわかるような手段で表現していくことが求められます。

「カタツムリ」の歌を歌ったとして、楽譜に書かれていることを的確に読み取った歌と、そうではなくただ歌っているのが同じように聴こえるとしても、音楽学習の積み重ねという側面から考えると違うものになります。

言語を学ぶために作品を使う

フランスでも同じですが、日本の国語の授業では、文法の練習問題や書き取りをしつつ、作品を読んで学ぶことが多いですよね。むしろ、作品を読んで学ぶことで、言語感覚が磨かれます。
フォルマシオン・ミュジカルで実際の楽曲に触れるのも同じことです。理論の学習や楽譜の読みの課題をこなすだけでは音楽の演奏には結びつきにくいのです。音楽に対する感性を研ぎ澄ますと同時に、背景知識を学ぶという学習が、フォルマシオン・ミュジカルにおける音楽教育です。
外国語を学ぶということは、ただ言葉の使い方を学ぶのではなく、そこにある文化を学ぶことになります。音楽も同じ。音をただ読んで弾けるだけではなく、その背景にあるものを学ぶカリキュラムになっているのがフォルマシオン・ミュジカルです。

日本のソルフェージュ教育と違うところ

フランスのフォルマシオン・ミュジカルでは、絶対音感の訓練ということはしません。耳の訓練としては与えられた音に対して、自分の出している音が正しいかという判断をしていくといったことはします。
そして、課題が音楽的です。本当の最初の頃は強弱記号を教わっていないから課題に出てきませんが、1年目の生徒の課題でも、それが歌う課題ではなくて声に出して読むだけの課題であっても、スラーや強弱記号、速度記号などが付けられています。実際の音楽を利用するだけではなく、課題のために作られた課題でも、音楽を読み取ることを学ぶ課題となっています。
日本で広く行われている新曲視唱とは異なり、楽譜の読みは歌うのではなく読むのですが、歌うことを蔑ろにしているのではなく、むしろ歌うことを重視しています。歌は歌うための課題を練習します。歌うことは誰にでもできる音楽表現ということで、名曲の編曲を歌うこともあります。

なぜ、今フォルマシオン・ミュジカルを取り入れることをお勧めするのか?

それは、音楽文化を守っていくためです。
クラシック音楽は元々西洋のものですが、グローバルな社会、今ではどこの国のものでもないと言えます。そして長い伝統があるため、音楽言語として確立しているとも言えます。
早期教育で2歳、3歳からピアノのレッスンももちろんありです。ただ、その子たちがピアノの鍵盤を「ただ押すだけのもの」としか捉えていないとしたら、音楽という文化を伝えることにはなりません。ピアノは音楽文化の一部です。ピアノを弾くのなら、いつかはその文化を知って欲しいですし、我々音楽教師は生徒に伝えていきたいと考えています。
文化の形成は一朝一夕には無理です。フォルマシオン・ミュジカルはこの長い時間かけて作られたものを伝えていく一番手っ取り早い手段だと考えています。

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