僕にとってのアナザースカイ

僕を旅へと誘ったものが目の前に

僕にとってのアナザースカイ。 このあいだ、そんな話をしたのだけど、適当に答えながらも、自分の中で答えが出せなかった。でもふっと思った。初めての海外一人旅の時の空を。そう、まだ10代だったカンボジアを旅した時の空を。
 風を切るバイクタクシーに乗りながら、仲良くなったドライバー「ワンナ」の背中で、僕は彼にアンコールワット?そう投げかけた。僕らの視線の先にそれは、あったのだ。憧れを抱き、僕を旅へと誘ってくれたものが。その感動は一生ものの感動だった。目頭が熱くなり、涙は静かに頬を伝おうとしている。

  あの時の旅では、本当に色んなことを経験した。多くの人と出会った。素直な自分自身とも出会った。その時の旅はカンボジアだけではなかった。タイからカンボジアシェムリアップに行き、アンコールワットをみて、バンコクに戻る。そして、マレーシアを縦断し、シンガポールをゴールとした2週間ほどの旅。 はじめての海外一人旅だった僕にとっては十分すぎるほどにエキサイティングでロマンチックだった。その時の旅で、一番印象的だったのがカンボジアだった。あと少しで20歳という若さの僕がみたアンコールワットの空は、深く、凝り固まっていた僕の心をときほぐしてくれるほどに広かった。

涙が溢れ出てきて 下を向くしかなかった

 はじめて旅に出よう、それを行動に移すことを決断できたのは当時付き合っていた彼女の言葉だった。でも結局は、航空券を買い、旅に出ると告げると、やっぱり、二週間なんて離れるのやだ。帰ってきてまた同じ気持ちでいることができるのかわからない。旅か、私か、  選んで。そんな残酷なことを言った。付き合ってくれているのが信じられないほどの、女性だと思っていたし、付き合いってもなおそのことを信じることができずにいた。そんな恋だった。だから、手放したくなんて決してなかった。でも僕は、散々迷った末に、旅を取った。なぜそんな決断ができたのかわからない。幸せな現実を受け入れることができていなかったのかもしれない。そんな心持ちも、旅をセンチメンタルにした。バンコクからカンボジアのシェムリアップへのバスの中では、途中、涙が溢れ出てきた。不意に、だ。もうどうしょうもなくて、狭く、暑く、窓の閉まらないその窓際の席で、埃にまみれながら、ずっと下を向いていた。

カンボジアで出会った ともだち

 彼との出会いがすべての始まりだった。シェムリアップについたのは、バスが遅れに遅れ、もう深夜だった。24時間近くバスに乗っていたことになる。バスの到着地はなぜか、ホテルのようなところだった。真っ暗な深夜、歩いて宿を探す勇気もなく、高いな、そう思いながらも、とりあえずその宿に泊まることにした。翌朝、僕は次の宿を探そうと歩いていた。道端でたむろして座っていた彼。『どこ行くの?』そう声をかけてくれ、彼の宿に泊まることにした。彼の名はワンナ。なんだか気弱そうな彼だったけれど、なんだか彼といることが心地よかった。どのみちアンコールワットまでのドライバーを探さなければならなかった。彼がドライバーとなり、連れて行ってくれることになった。そんなこんなで一緒に過ごす時間が長くなった僕らは、すごく気が合って、いろんな話をする中で、お互いの言葉を教えあったり、一緒になってちょっとイタズラっぽいことしてみたり、ちょっと深い話をしてみたり。とにかく僕らはよく笑った。  そのゲストハウスでは、住み込みの姉妹がいた。そんな彼女とも、仲良くなり、ゆるやかに距離をつめていった。自分から、だ。思春期の僕は人と関わることを1歩も2歩も引いていたそんな自分に驚いた。旅前に彼女は確かにいた。でも、ずっと夢なんじゃないかと思うほどにその現実を信じることができていなかったし、とにかく彼女が積極的だったので、ただ、近くにいればよかった。それだけで本当によかった。僕は、世界から、そして幸せな現実からも、目を背け逃げていた自信、自分を信じるなんていうこと、当時の僕にとってはありえなかった。話もできないなら友達もできないし、また、彼女もできるわけない。仕事だって、きっとこれから先いい仕事になんてつけるわけがない、人生終わり。そう思っていた。でも、カンボジアに来て、あ、そうか、と思った。僕は旅ではじめて心開いた。一人の人に、ということじゃなくて、世界に。 ひた隠しにしていた、吃音(言葉が詰まること)も、ただ自分を恥じていたことも、僕はうまく話すことにこだわりすぎていた。できないから。でも言葉が通じない外国で腑に落ちた。言葉だけがコミニュケーションじゃない。  

国も人も、成長し、変わってゆく。それが、無常。

旅はまだ続く。そろそろバンコクに戻らなければならなず、カンボジアを発つと決めた。『僕は明日、バンコクに戻る』そうワンナに伝えた。そうしたら、宿の従業員や家族があつまってパーティーをしてくれるという。お酒を飲み、鍋を食べ、みんなではしゃぎ、その夜は、幸せそのものだった。今思えばあの夜が、旅の本当の原点かなとも思った。はじめて、世界に心ひらいたあの空。仲良くなった女の子は僕のお皿に何度も料理をよそってくれた。鍋の味は残念ながらほとんど覚えていないのだけど、ただただ嬉しくてそのことだけをよく覚えている。

  この国も、ここで出会った人たちも、そして、僕も、成長し、変わってゆく。無常。常ではないこと。物事は変わりゆく。それでもここは大切な心のふるさと。もう10年以上訪れてはいないのだけど。カンボジアの人たちの優しさが、あたたかさが、損なわれることなく、着実に成長していくことを願う。そうして、世界は変わってゆく。

 あなたにとってのアナザースカイはどこですか?

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