#42 日本で食べられるマンガロール料理と、それが東京で流行った理由
日本で食べるインド料理は、簡単に旅に出られない哀れな自分を慰めるための代償行為に過ぎないのだろうか?否、日本で食べるインド料理はかなりうまいと思う。今回は日本で食べられるマンガロール料理について。
実は簡単にトリップできるワープポイントはこの世界のあちこちに仕掛けられていて、必要なのは受け入れる覚悟だけなのかもしれない。
マンガロールの郷土料理を出すバンゲラズキッチンは2018年1月に銀座にオープン。瞬く間に人気店となり、その翌年5月には記事中で触れたバンゲラズスパイスラボを開店、続けて3号店のバンゲラズキッチン神保町をカレーの街神保町に出店。このムーブメントは止まらない。
三つのお店は棲み分けがなされている。三店の実食レポと、東京でマンガロール料理が流行った理由を考えてみたい。
日本で食べられるマンガロール料理
バンゲラズキッチン銀座
ランチで食べられるマンガロールスタイルフィッシュターリー。
構成内容はカジキのロースト、サバのガッシ、サール、マンガロールサンバル、エビとココナッツのドライチャトニー、大根のサラダ(と言う名の炒め物)。主食はニールドーサとブラウンライス。サールは「スープ」という程度の漠然とした概念で、サールの中にもいろいろあり、この日のサールはラッサム。
メインのフィッシュカレーはサバ。マンガロールだとMeen Gassiという。Meenは魚で、Gassiはグレイビー料理の総称。やっぱり海沿いの年だけあってマンガロールでは魚をたくさん食べていた。さんまとかカツオとかあったのでサバも食べるのかもしれない。マンガロールでは、ココナッツミルクは使わず、マサラを作るときにココナッツの破片を混ぜてグラインドするという作り方をしていた。
これをふにゃふにゃのハンカチのようなニールドーサにつけつつ食べる。ニールドーサ(Neer Dosa)のNeerは「水」の意味で、直訳するなら水ドーサ。水分が多くてプルプルで頼りなく、持ち上げると崩れてしまいそうだ。米とココナッツの粉を混ぜ、発酵させずに片面だけ焼いて作る、簡単なパン。ウドゥピとかマンガロールとかで食べられている。
サンバルは赤くはなかったが甘めの仕上がりで、マンガロール周辺で食べた素朴な味を思い出した。一番美味しかったのはエビとココナッツでできたドライチャトニー(GALMBYACHI CHETNI)。元々はモンスーンで海が荒れ、漁に出られないときの非常食として干し海老を食べていたらしい。冷蔵庫が普及した今ではどうだか知らないけど、ご飯に合う。これ、「大人のふりかけ」のラインナップに入れてくれないかな。ブラウンライスをおかゆ状にしたガンジと相性がいいらしいのだが、試すことはできなかった。
さて、ディナーはというと、銀座ということもありお酒に合うような前菜がやたら充実している。それも、あんまり他では聞いたことのないような料理が並んでいて、銀座の真ん中で異国に迷い込んだような体験ができる。通貨はJPYのままなのでお会計には注意ですが。
例えばマンガロール名物ギーロースト。チキンが定番だが、カニやロブスターなども置いている。肉や魚をココナッツを使いつつグレイビーと絡めてドライに仕上げた「スッカ」もビールに合いそう。どちらもマンガロールのヤングたちがビアパブでお酒と共に食べていた料理。
写真は2018年1月、プレオープン時に訪れたディナー。
真鍮っぽいメタリックな食器で統一されており、この時の第一印象は「高級そう」というものだった。メニューも小魚のフライ、ハマグリのガッシなどの海鮮系からマンガロール風の竹筒ビリヤニ、ニールドーサなどレアメニューが揃っていてテンション上がりっぱなし。
他にもラッサム、コリ(チキン)スッカなどをいただいた。ノンアルのスパイスドリンクも充実。
バンゲラズスパイスラボ(船堀)
船堀の2号店「バンゲラズスパイスラボ」については以前記事を一本書いた。エリア的にインド人が多く住む場所に出店していることもあり、マンガロール料理に限らずカシミール料理なども含むファミリー層に受け入れられる幅広いインド料理を提供している。バナナバンズおいしいよ、バナナバンズ。
ちなみにこちらのお店では料理の提供だけはなくヨガとアーユルヴェーダのセッションも行っているようだ。ヨガをやってからターリも食べられるという、なんとも健康的になりそうなセット。
バンゲラズキッチン神保町
カレーの街神保町に進出した三号店。行ってみると見た事も聞いた事もない料理名が並んでいて興奮した。
神保町店では、マンガロールに限らず、インド南西部の海岸地帯のマルヴァン、コンカニ、ゴア、ムンバイなどあちこちから料理をピックアップしてきている。インド人だからこそ出せる現地料理を、変に日本のマーケットに合わせずに提供しているのは流石だ。
もちろんバターチキンとかチキンシャクティ、チェティナードマトンなどスタンダードっぽい料理もある。それでもやはり、食べたことのないものを頼みたい。これはフードサイコパス的感覚かもしれないが、自分の知らない料理が並んでいるメニューブックを見ると非常にワクワクしてしまう。
選ぶのがかなり難しいが、熟考の末プリムンチ、バンゲラズスペシャルマンジ、メティピスラをオーダー。
プリムンチ(Pulimunchi)はマンガロール料理。マンガロールはカルナータカ州ではあるがバンガロールとは異なりトゥル語がローカル言語となる。プリムンチを直訳すると「酸っぱくて辛い」という意味になる。意味通り、大量の唐辛子とタマリンドが効いた味。
魚は何種類か選べたが、この時はタコを注文。内陸のインド人はタコを気持ち悪がって食べないので、タコのカレーはかなり珍しいと思う。
バンゲラズスペシャルマンジはバンゲラズのオリジナルカレーで、7日以上かけて丁寧に作られたグレイビーが売りだという。マナガツオをタマリンドの酸味で仕上げたもので、プリムンチと若干キャラがかぶったがこっちは辛さは控えめでこなれた仕上がりだった。上に乗っているのはキュウリではなく青マンゴー。
メティピスラは、マハラシュトラで広く食べられているひよこ豆の粉をベースにしたシチュー状のカレー。ここにメティの葉っぱを散らすと、風味がベストマッチする。
そしてもちろんバンブービリヤニもオーダー。竹筒に詰められるのは味と香りにはあんまり影響せず演出的な意味合いが強いのだが、それでもテンション上がってしまう自分がいる。
なぜこれが東京で流行ったんだろう(日本編まとめ)
バンゲラズキッチンとそこで食べられる料理について書いてみたが、いずれのお店も日本人にはあまり馴染みのない料理を提供している。それなのになぜ人気が出たのだろうか。
これはまだ東京周辺だけの現象かもしれないが、SNSやメディアの力、そしてもちろんお店の営業努力もあり南インド料理自体がじわじわと認知を獲得してきている、ように思える。
あまり普段外でインド料理を食べないような方でも「インド料理といえば北インド料理、それもバターチキンとナン」みたいなテンプレ以外にも色々あることを知り、南インド料理を試してみる機会が激増しているように思える昨今。
八重洲や新橋周辺などではミールスがサラリーマンのランチの選択肢にも入るだろうし、先日は『孤独のグルメ』で南インド料理店が取り上げられるなどメディア露出も増えてきた。(食べ方については色々指摘があったけど、あれは結構リアルな描写かもしれない)
もし10年前にいきなり「マンガロール料理」が登場していたら「よくわからん。何それマンガの巻物なの?」で受け入れられずに終わっていたかもしれないが、南インド料理が普通に食べられる土壌があったからこそ、更に解像度を上げたマンガロール料理が簡単に受け入れられたのかも知れない。
更に、銀座の高級なイメージに加えて、日本人の舌に合う魚料理やアルコールと合わせやすい前菜ラインナップを揃えたことでマンガロール料理に対してポジティブなイメージが出来上がったのではないか。
オーナーの意図として、安くてどこも同じようなものだという外食インド料理のイメージを払拭すべく、ユニークで高品質なものを出したいというこだわりがあったという。
...とまあいろいろ書いてみましたが、日本のよくあるインド料理店のテンプレートをなぞるのではなく、あまり知られていないような地元の料理を出すお店がもっと増えたら楽しいですね。マハラシュトラ料理とかグジャラートターリーが食べられるお店など、細分化して少しずつ増えている傾向はあるけどね。日本印度化計画もっと進め。
↓ブログはこちら