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ジャイナ教徒の食の実践について

グジャラートに行った時にジャイナ教徒の人と立て続けに話したら価値観が揺さぶられた話を書こうと思う。1月後半にふらっとアーメダバードに行った際に、大学院の同期の伝でたまたま訪問することができたIITガンディナガル校でジャイナ教徒4名と、アーメダバードのボージャンサーラで会った少年1名からジャイナ教の食に関する実践について話を伺った。

ジャイナ教はインド生まれの古い宗教であるが、全人口のうち450万人、約0.4%に過ぎない。殺生を禁じるため農業従事者が極端に少なく、金融業などに携わる人が多い。また、嘘をつかないという教義があるゆえにビジネス的に信用されているそうで、インドにおける個人所得税の2割以上はジャイナ教信徒により納税されているという。人口の割に存在感はとても大きい。

特にグジャラート、マハラシュートラ、ラージャスターンなど西インドはジャイナ教徒が多い地域で、どのレストランにもだいたいジャイナ教徒対応メニューがある。昨年フィールドワークをしていたムンバイのMasqueでもジェイン対応のメニュー提供をしていた。来客の割合としては1割もいないだろうが、そもそもオーナーはジャイナ教徒である。

日本でも御徒町周辺の貴金属や宝石店はジャイナ教徒によって経営されているところがほとんどらしい。御徒町にあるインド料理店ヴェジハーブサーガはジャイナ教徒が食事をする場所がないために作られたお店だ。インド食材大手のアンビカの社長もジャイナ教徒である。

そのようにインドだけでなく日本を含む海外でも成功しているジャイナ教とはどんな宗教で、どんな食に関する実践を行っているのだろうか。玉ねぎもニンニクも不使用と聞いて一体何を食べることができるのか。食べることが一番の楽しみである自分のような人間は訝しく思ってしまった。

Masqueではジェイン対応といった場合、単に玉ねぎやニンニクを使用している料理や根菜を含むトッピングを除いたり、肉の代替がアボカドになったりといったものだった。どうしても本当は”おいしいもの”を排除した禁欲的な食事に制限しているだけに思えてしまう。

以下では、実際にジャイナ教を信仰する5人の方々(IIT教授のMさん、IITの学生Rさん、Aさん、Bさん、寺院で会った少年Dさん)へのインタビュー内容を参考に、ジャイナ教の歴史・哲学・日常生活における実践をまとめてみた。

ジャイナ教の名前は聞いたことがあっても、その詳しい教義や食文化については日本ではまだあまり知られていないのではないだろうか。彼らは実際にはどの程度規範を守った生活をしている/できているのだろうか?


そもそも、ジャイナ教とは何か

アヒンサー=非暴力

 古代インドから続く厳格なアヒンサー(非暴力)の宗教であるジャイナ教の起源は約2600年前まで遡れるという。現在の形を確立したのは、24番目のティールタンカラ(聖者)とされるヴァルダマーナ(紀元前6世紀頃)とされる。

ジャイナ教の根本目的はモクシャ(解脱)を得ること。欲望や執着、そしてカルマ(業)を減らすことで魂を輪廻転生の苦しみから解放するために、できるかぎり殺生や生命への干渉を減らしている。

ジャイナ教は古代インドでバラモン教が栄えていた頃、司祭カーストであるバラモンが権威主義・形式主義に陥っていたことやカースト制度そのものを批判し生まれた。そういう意味では仏教と共通した考え方を持つが、アヒンサー(非暴力)や苦行に関する考え方は仏教と異っている。

この「アヒンサー」は、ただ人間同士が争わないという意味だけでなく、動物、虫、微生物、さらには植物や水に至るまで、あらゆる生命や存在に配慮することを意味する。

不殺生の概念自体は古代インドの宗教が全体的に共通して持っているものだが、ジャイナ教は虫や微生物、さらには土中の生命にまで配慮するレベルにまで踏み込み、「できるだけ殺生を減らす」という思想を食事や生活習慣へと落とし込んできた。この非暴力の姿勢は、肉や魚の忌避にとどまらず、根菜や発酵食品を避け、虫が入るから日没後の食事も控えるなど、他の宗教・文化圏のベジタリアンとは一線を画す厳格さを持つ。

ジャイナ教の考え方では、生きること自体がどうしても暴力を伴うものであり、他の生き物の命を全く奪うことなく生きていくことはできない。だから最終的には他の生き物を殺すくらいなら自分が死んだ方がマシということになる。自殺を含み自分を傷つけるような暴力は禁じられているが、「賢者」であれば、自らの意思で断食して穏やかに死ぬのが「理想的な死」という話もある(そして、その模様はYouTubeでも公開されているという)。京都の真言宗の僧侶がその観点からジャイナ教を批判していたことも覚えている。

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