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#38 プネーのスラム街で食べた、少女のビリヤニが忘れられない

「久しぶり、ブラザー!全然変わってないじゃん」

5年ぶりに訪れたプネーは思ったよりかなり涼しく、マウンテンパーカーのジップを締め直した。3年ぶりに再会したプラカッシュは相変わらず寒さに弱く、分厚いダウンを着ていた。

「ちゃんと会えてよかったよ。とりあえず宿に行って、飯でも食いに行こうぜ」

僕らはオートリキシャに乗り込んで、これまでの空白を埋めるかのように話を始めた。

プラカッシュはムンバイから300キロほど離れた古都、プネーという街に住んでいる。僕らは5年前に出会い、意気投合し、そのときから連絡を取り合っている。

5年という月日は短いようで長く、多くのことが変わった。

プラカッシュはカレッジを卒業し、小さなスタートアップの会社で働き始めた。僕はなんだかんだ言いながら普通の会社に就職して、多少のお金と引き換えに手持ちの時間をすっかり売っ払ってしまった。

“Camp”の屋台料理

ゲストハウスに到着し、その晩はプネーでいくつか屋台をめぐった。Shivaj Marketの一帯は俗に”Camp”と呼ばれ、食べ物を売る屋台がたくさんある。

ケバブバーガー、チキンカティロール、マイソールドーサ、ムスリムのビリヤニ、パニプリ。インドは夕食の時間が遅かったり家庭で食べるのを好む人が多いからか、やたら街中のスナックが充実している。

インド人はバルガルが好きな気がする

行列のできるチキンカティロール

マイソールドーサ。カットしてあると食べやすい。

ハイデラバードのムスリムの屋台

興味深かったのは、小さな屋台でもキャッシュレス決済が普及していて、小銭のやり取りがほとんど発生しなかったこと。

プネーで一番という評判が立ち大繁盛したが、キャッシュレス決済でうまく脱税していたことで話題のワダパオ屋さんにも行った。たしかに、うまい。


スラム街に突入

次の日、プラカッシュに「従姉妹の家でご飯を食べないか。彼女は料理がうまいんだ」と誘われた。もちろん二つ返事でOKしたのだが、場所はスラムだという。

「いいか、スラムエリアは少し危険だ。中に入ったら携帯は絶対に見るな。写真も撮るな。それから、誰かに話しかけられても絶対に答えるなよ。」

この言葉にめちゃめちゃビビってしまった。でも、うまいビリヤニを用意してくれるらしい。ならば行くしかないではないか。

プラカッシュについていくと、こんな真っ暗な路地裏に入っていく。

自分も意を決して突入する。真っ暗で何も見えない上に足元がびちゃびちゃに濡れている。それになんだか臭う。下水道が整備されていないのかもしれない。

少し歩いて、すぐにプラカッシュがドアを開ける。そこが従姉妹の家だった。

19歳のプリヤンカと16歳のラクシュミー。そして母親の3人がその三畳程度の空間で暮らしている。かなり狭いながらもテレビ、冷蔵庫、ガス、水道、トイレなど必要なものはなんでも揃っている。おまけに、ビリヤニが煮えている。これならばライフラインは完璧だ。

プラカッシュも従姉妹たちもカルナータカ出身で、故郷ではスパイスをかなりふんだんに入れた煮込み式のチキンビリヤニを食べるという。オーバースパイス気味だが、これが庶民の味なんだとか。

プリヤンカはビリヤニだけでなく、ナマズのフィッシュフライとマトンチュッカも作ってくれた。さらにチャパティも手早く焼いてくれ、僕とプラカッシュの前にはご馳走が並ぶ。

食べても食べてもどんどん注ぎ足されるので終わらない、まさに食べさせられ放題が始まってしまった。ビリヤニはスパイシーだ。辛い、うまい。辛い、うまい。米を掴む手は止まらない。

従姉妹たちは食事には手をつけない。僕らはもう食べられないところまで食べ、コーラがわりのサムズアップを飲みながらしばし談笑する。

姉妹の表情は明るい。2人とも英語が分からなかったので意思疎通はプラカッシュを介してだったが、楽しい暮らしがあるようだった。話によるとこの家は持ち家で、上の部屋を貸しているので家賃収入もある。

勝手に思い込んでいた暗いスラムのイメージは、音を立てて崩れ去った。

「どうして彼女たちは僕たちと一緒に食事をしなかったんだろう?」帰り道、食事中に気になっていたことを聞いてみる。

「最近の人はあまりそういうことはしなくなったけど、それが昔ながらのインドのしきたりだからさ。彼女たちはあまり教育を受けていないから、英語も喋れないし世の中のことも知らない。プリヤンカもラクシュミーも、もう学校を辞めてしまった。プリヤンカは来月結婚するために、故郷に帰るんだよ」

彼はなんとも哀しい目で、遠くを見つめていた。

プネーの夜は、上着を着ていても肌寒いくらいだ。プリヤンカが最後に出してくれた、甘くないチャイの味わいを思い出した。


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