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キッチン経験をもとにムンバイのモダンインディアンレストランMasqueの現テイスティングメニューを解説してみる

ムンバイのモダンインディアンレストランMasqueで現テイスティングメニュー10品を体験してきた。メニューは3~4か月で全て入れ替わる。

ローカルの素晴らしい激渋食堂がたくさんあるインドでは山盛りの定食が200円もしない価格で食べられ、自分はそれを食べていれば大変満足できる。そういったトラディショナルなお店では、期待していなかったのにハッとする美味しさの料理があったり、上裸で乳毛まで白髪のオッサンが薪だけで料理をしていたりする。そういった渋みがある、年月を積み重ねた上で続く老舗の店は、ある意味いつまでも新しい。そうじゃないと生き残ってこれないからだ。

先日コルカタで訪れた100年続く食堂、Tarun Niketanも期待以上に素晴らしかった。コチュパタというコロカシアの葉っぱとエビを使った料理がとくによかった。アクがでてくると食べられないので今しか食べられない季節限定の料理で、明日来てもあるかわからないというものらしい。

কচু পাতা বাটা

正直に告白すれば、今でもそういった伝統的な料理の方が好きだ。しかし、伝統ってなんだろう。伝統と呼ばれているものはここ数十年で創作されたものに過ぎなかったりする。

そもそもインド各地でつくられている料理が今の形になったのはかなり最近のことだ。インド全体で使われている唐辛子も400年ほど前に入ってきたものだし、よく食べられているじゃがいももトマトなどの野菜も海外から入ってきたものが多い。ムガール料理の調理法はペルシア料理の影響をかなり強く受けているし、イドゥリだってインドネシアから来ているらしい。そういうものだ。ならば今も変化し続けていると考える方が自然だろう。国としてのインドで作られていたらインド料理なのだろうか?かなりの問題を孕んでいるが、ハイカーストヒンドゥーの料理こそがインド料理だ、などと主張する人もいそうだ。

ここ数年インドでもファインダイニングを中心に現れてきたモダンインディアンという現象も、材料や料理法が入れ替わったところで依然として正統的なインド料理の形と言えるのかもしれない。そもそも正統的(オーセンティック)という考え方自体にかなり政治的なものがある。

そういった仮説のもと実際にムンバイのレストランでキッチン業務に参加してきた。

詳しくはこちらをご参照なのだが、参加したからこそ見えてきた実際の食体験やその背後に見えるものについて、詳細に書いてみる。これが何で、どういった意図をもってどのように作られているのか。

ゲストとして食べるとしても休みはもらえないので、この日はキッチンで準備をした後、ミーティングに参加し早退となった。シャツに着替えて準備をし、19時の開店とともにゲストとして着席。カクテルは通常の倍以上飲ませてくれた上、かなり割引してくれたが最終的な会計は5000ルピーを超えた。

単なる料理の感想だけではなく、ヒアリングした話も含めそれぞれのメニューについてなるべく深く解説してみる。


テイスティングメニューの構成

ベジとノンベジが用意されている。要望を伝えるとジャイナやペスカ対応、細かいアレルギー対応や好き嫌いの対応も可能。卵なしや豚肉なしといった要望が多かった。

カクテルやワインペアリングも用意されているのだが、頼むゲストはまだまだ少数だという。カクテルに関してもシーズンごとに変わり、料理に合わせて構成されている。ただ、甘いものが多く料理と一緒に食べ進める食中酒としては少しきついものがあった。

懐かしいストリートフードの記憶:Charred Corn | Makai Buns | Bhutta Miso
焼きトウモロコシ | トウモロコシのバンズ | とうもろこしミソ

コーンチャイの材料:コーンミソ、クリーム、イエローチリパウダー、とうもろこしのスープ、カフィアライムオイルなど
バンズの材料:コーン、マイダ、チリ、コーンムース、コーンアチャール、玉ねぎなど
下に敷かれている紫色のコーンはプレーティング用で食べられない。

着想としては、旬を迎えるトウモロコシを余すところなく楽しめるトウモロコシ尽くし。トウモロコシの全てをあなたにお届けだ。


焼いたトウモロコシを皮や髭も含めて大量に使い大鍋で煮込み、スープとフォームを重ねることでインドの国民的飲料であると泡だったチャイに見立てている。(メンバーが休憩中によく行く近くのチャイ屋があり、インスタグラムにも登場していた)。

フォーム部分の隠し味としてラボで発酵させたトウモロコシミソを混ぜている。Masqueのラボでは発酵食品作りに取り組んでおり、"Nomaの発酵ガイド"を参考に米麹を使っていろいろなミソを作っていた。あえてカタカナ表記しているのはやはり日本の味噌とは味わいが全く違うから。塩分濃度は2%~3%程度で、ややオイル感のある不思議なmisoやPeaso(peaのmiso)、koshoと呼ばれる柚子胡椒のようなものもあった。

チャイに合わせるのは「バンマスカ」に見立てたコーンシューのバン。ムンバイではペルシア移民によるイラーニーカフェ文化が根付いており、朝食にはチャイとバンマスカ(バターを塗ったパン)が親しまれている。シューバンにはトウモロコシを裏漉しして伸ばしたムースやコーンサラダ、コーンの発酵したアチャールが挟まれており、トウモロコシの全体を一口で堪能できるようにしている。ここには形を変えたトウモロコシが凝縮している。

イエローチリというカシミールの唐辛子も使用している。ヒマラヤの食材の使用は前ヘッドシェフSadhuの名残であり、ヘッドシェフが交代した後も多くのヒマラヤ由来の食材を使用し続けている。

こういったストリートフードをモチーフに洗練したメニューというのはファインダイニングでよくみられる。マハラシュトラではモンスーンの終わりの季節に路上で焼きとうもろこしがよく売られている。マハラシュトラ料理研究家のReshmaさんによると、この焼きとうもろこしの香りというのはムンバイの人にとって郷愁を誘うものであり、幼少期の懐かしい記憶を呼び覚ますものでもあるらしい。


南インドのイメージ:Drumstick | Fermented Bhavnagri | Sevaiドラムスティック(モリンガの実) | 発酵バブナグリ唐辛子 | セヴァイ(米麺)

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