なぜ人は噂話に興じるのか——噂の心理を心理学者オールポートとタルドが徹底解剖
もしも著名な哲学者や心理学者が現代にタイムスリップして、私たちの身近な悩みや疑問に答えたら……?
本日のお悩み
20代後半の女性です。私は昔から、誰かの噂話をする人が苦手でした。悪口めいた話を耳にすると、嫌な気分になるからです。でも不思議なことに、自分も面白そうな話題だと、つい参加してしまいます。後になって「あんな話をしてしまって大丈夫かな」と自己嫌悪に陥ることもしばしばです。
なぜ人はつい他人の噂をしてしまうのでしょうか。共通の話題で盛り上がれることが、仲間意識や安心感につながるのかもしれません。でもそればかりに頼ると、人間関係が浅くなったり、誤解を招いたりしやすい気がします。噂話にはどんな機能があって、どう付き合えばいいのでしょうか。
本日のゲスト
ゴードン・ウィラード・オールポート (Gordon Willard Allport, 1897-1967)
アメリカの心理学者として、人間の人格や社会心理学の研究で名を残した人物。噂や偏見など、人々の集団心理に鋭い分析を加えた。
ガブリエル・タルド (Gabriel Tarde, 1843-1904)
フランスの社会学者。社会現象がいかに拡散していくかを「模倣」という観点から説き、多方面に影響を与えた先駆者。
対談
司会者
本日はそもそも噂話はどうやって発生し、なぜ広がるのかを深掘りしていきたいと思います。オールポートさん、タルドさん、よろしくお願いします!
タルド
できれば噂話には参加しない方がいいと思うよ。ただ、社会の流れとして見たときに「噂話を完全に排除する」のは難しい。だから、どうして生まれてしまうのかをじっくり考える必要があるね。
オールポート
僕の視点では、人間は曖昧で不明瞭な情報に直面したときに、それを何とか把握・整理しようとするんです。特に興味がそそられる内容だと、より一層「知りたい」「共有したい」と感じる。その気持ちが、結果的に噂話へとつながってしまう。
タルド
私の場合はそこに「模倣」という考え方が入る。誰かが興味津々にその話題を語っていたら、その姿を見た人が「楽しそう!」とか「気になる!」と思って、同じように話すんだよ。つまり、一人がやり始めると、連鎖的に広がっていくわけだ。
司会者
不確かな情報を整理したいから、あるいは面白そうだから、つい誰かが始めた噂に乗ってしまう。どちらにせよ噂が発生しやすい素地があるわけですね。
オールポート
噂話は真偽が不明なうちに話が広がる危険性が高い。僕は偏見の研究もしていましたが、根拠のない噂が特定の集団への差別意識を強めるケースも多いんですよ。「〇〇人はいつも××だ」みたいな。
タルド
私が見てきた犯罪学の分野でも、ある無実の人に対して「何かやってるらしい」みたいな噂が一度広がると、一気にその人が社会的信用を失ってしまう例がある。社会全体に与える影響が大きいから、できれば噂は慎重に扱うべきだね。
司会者
なるほど。では噂話をしないに越したことはないけれども、人間の心理や社会構造的に広がりやすいんだということですね。ただ相談者さんはそんな大きいスケールじゃなく、職場やプライベートでの「悪口っぽい噂」です。
オールポート
悪口に近い噂話って、実は「自分の不安を紛らわすため」に使われる場合があるんです。他人の失敗や悪評を話題にすると、一時的に自分が安心したり、仲間内での団結感を得たりできる。それって浅いと言えば浅いし、でも人間はそうやって心のバランスを取ろうとしがちなんです。
タルド
確かに。人が何かの話題で団結しているように見えても、実際にはその背後に「共通の敵を作って結束している」みたいな心理があることも多いよね。ただ、あまりポジティブじゃないよね。
司会者
そう考えると、人が噂に群がる理由は「不安」「興味」「連帯感への欲求」あたりに集約されそうですね。ところで、噂はどうやって変形し広がっていくのか、そこをもう少し詳しく教えてもらえます?
オールポート
僕の研究では「レベリング(平準化)」「シャープニング(強調化)」「同化(自分の先入観に合わせる)」というプロセスが見られます。情報が伝達されるうちに都合よく端折られたり、ある部分だけが誇張されたり、受け手の固定観念に沿うように改変されたりするんです。
タルド
それによって最初の内容からかけ離れた噂に変わってしまう。でもみんなは「誰かから聞いた話だし、たぶん本当なんだろう」と思って広める。それが一気に拡散して定着する。このプロセスを私は「模倣」の視点で見ているんだ。模倣の連鎖が生まれてしまえば、それを止めるのはなかなか難しい。
司会者
なるほど、噂話は「コミュニケーション」ではなく「コピーに次ぐコピー」のようなものになりやすいわけですね。だから元々の事実が何だったのか、誰も覚えていない状態に…。
オールポート
まさにそう。特に悪意のある噂は強いインパクトがあるから、どんどん誇張されやすい。結果として、本人が知る前に職場中に広まっていた、なんてこともよくある話だよね。
タルド
面白おかしく改変されるから、余計に「人に伝えたい」って気持ちを引き出しちゃう。その内輪感が快感でもあるんだけど、やっぱりできればしないに越したことはない。余計なトラブルを防ぎたいならね。
司会者
では、どうしても噂話が回ってきたとき、人はどう対処すればいいんでしょう? 相談者さんは、「参加しちゃったあとで自己嫌悪になる」と悩んでいるわけですが。
オールポート
噂に参加する前に「なぜこの噂が気になるのか」と自問してみるのがいいかも。例えば「これは本当に私に関係ある情報か?」「この話が正しいか確かめる術はあるか?」って考えるだけで、うかつに乗らずにすむ。
タルド
私は「自分が模倣しようとしているのは何か」を自覚するっていうアプローチを勧めたいかな。例えば「誰かが楽しそうに話しているから自分も乗ってしまう」のか、「自分の不満を晴らす手段として噂に参加している」のか…そこを意識する。もしそこに後ろめたさがあるなら、一旦ブレーキをかければいいだけのことだから。
司会者
なるほど。そもそも論としては「噂は基本的にしない方がいい」というスタンスなんですね。ただ、人間って完全には避けられない気がするんですが。
オールポート
そうですね。完全にゼロにするのは難しい。人間の心の動きとしても、曖昧な情報への興味は止められません。ただし、「信頼できる情報源にあたる」習慣を作るとか、「事実確認するクセ」をつけるだけでも、ずいぶん違うんですよ。
タルド
あと大事なのは、社会全体でオープンな情報共有があると噂が広がりにくいという点。たとえば職場なら上司がしっかり事実を伝えてくれる、とか。噂が発生する背景には「公式情報が足りない」「不安を解消するルートがない」ってことが多いからね。
司会者
確かに。噂が広がるときって、公式にはよく分からないグレーな空間があって、そこで憶測が乱れ飛んでいる感じがします。ところで、相談者さんは「自分で話しながら不安になる」とおっしゃってますが、これはどう見ます?
オールポート
おそらく彼女自身が、「噂で楽しむこと」と「相手に対する配慮」の狭間で揺れてるんじゃないかな。それは良心の葛藤でもあるし、社会的モラルとの衝突でもある。
タルド
心の中で「こんな後ろめたい噂、やめとこう」と思えるなら、それに従うのが自然だよ。噂話は一見手軽な娯楽かもしれないけど、自分の「嫌だ」という感覚に素直に従えば、本当はあまり参加しなくて済むはずなんだ。
司会者
もしかすると、「これ以上話すのはやめようよ」と誰かが言ってくれれば助かる、って状況もあるのかも。
オールポート
確かに。噂を止める人が一人いると、空気が変わることは多いですよね。だから人間関係にリスクを感じながらも、勇気を持って「その情報って根拠あるの?」とか言える人がいれば、噂が鎮静化することもある。
タルド
模倣の連鎖を断ち切るわけだね。最初は気まずいけど、長い目で見れば大事なことかもしれない。結局、噂が広がる背景にはみんなの「ちょっと面白がりたい」とか「不安を解消したい」という心理が働いてる。でもその代償に失うものがあるなら、やめる方がいい。
司会者
お二人とも、今日は噂話のメカニズムを深く掘り下げていただきました。相談者さんにとっても「なぜこんなに噂話が広がるのか」という部分の理解が進んだ気がします。
まとめ
オールポートは「曖昧さ」と「話題の重要度」が掛け合わさったとき、人々の不安や好奇心が刺激されて噂が生まれやすくなると指摘する。情報が曖昧なほど「知りたい」という欲求が高まり、重要だと感じられるほど「共有したい」という欲求が強まるからである。
タルドは社会現象の多くを「模倣」のメカニズムで説明し、噂もその一形態として捉える。誰かが興味津々に語ると、それを見た人が「面白そうだ」と感じて同じ行為を繰り返すため、瞬く間に広がっていくと考えた。
噂話は本質的に「人間の心理的欲求(不安解消、興味、連帯感)× 社会的な模倣の力」によって容易に生まれ、歪みながら広まる。両者とも「噂はしないに越したことはない」としつつも、それを完全に排除するのは難しいと認める。したがって、個人レベルでは噂を聞いた際に真偽や必要性を吟味したり、社会レベルでは透明性のある情報共有を促すなど、意識的な行動が噂の影響を最小限にするカギとなる。
本日のゲストの詳細
ゴードン・ウィラード・オールポート (Gordon Willard Allport, 1897-1967)
アメリカの心理学者。人格心理学を確立した一人として知られ、特に「偏見」や「動機づけ」に関する研究が有名。レオ・ポストマンとの共著『The Psychology of Rumor』では、噂が生まれるメカニズムを実験的に検証し、情報伝達の変容過程や集団心理への影響を示唆した。
ガブリエル・タルド (Gabriel Tarde, 1843-1904)
フランスの社会学者・犯罪学者。「模倣」という概念を用い、ファッションや思想など社会的現象が人から人へと拡散し、定着するプロセスを論じた。著書『模倣の法則』をはじめ、社会現象を「繰り返される模倣の集積」と捉え、近代社会学や社会心理学に先駆的な影響を与えた人物である。