貧乏のなかの「愉学」

【エッセ・メモワール】4–(1).

二〇一六年二月十二日(金)

 久しぶりの快晴。反して身心はあまりピシッとしない。七時。
 一階の寝室を出る。食卓・居間に上がって、ソファに寝そべる。起きていたのか、うとうとしていたのか。すぐに地震が来た。直下から突き上げるタテの揺れはなんとなくドキッとする。

 NHK—BSで「フランス2」のニュースがはじまる。畜産農家・解体卸売業者たちが、スーパーをひとつずつ廻り、約束通りの適正価格で肉類が販売されているかチェックしている。
 日本なら、警官を呼ばれて即終わりだろうと思っていたら、農民たちが店長を罵り始めた。豚肉1Kgで1.10ユーロでは、利益がどうのという前に、豚の命と畜産農家の日々が馬鹿にされているような気もする。そら、来た、トラクターのデモだ、そら、古タイヤぶん投げ道路封鎖だ。

 といいつつ、真面目にニュースを見ていたわけでもない。
 ミシュレ『フランス革命史』の中央公論新社版をぺらぺらめくっていた。なつかしの「世界の名著」シリーズの一巻、その廉価版の中公バックスのもの。途中、寝転がった顔にぽそっと紙片が落ちる。最初は、アルバイト雑誌の求人広告の切れ端だった。老眼となったいまでは、それがなんだか分かるまで時間がかかる。それでも、紙片にオフセット印刷された文字を読み解くだけの時間がいまはある。

 フロアレディ、日雇い土方……、さすがにこれはやらないだろう。チェックもつけられていない。それでも、これに違いない。2tロングルートドライバー。
 
 そうか、この本は、大学を卒業してすぐに、夢中に読んでいたのだった。ミシュレが、カミーユ・デムーランやミラボーに語らせているかぎかっこ内の会話に、日常分析学派の用語をきどった書き込みが随所に見られる。学部で、ストローソンのレポートをM先生に褒められて、おだてに乗ってすっかりJ.オースティンにのめり込んでいた頃だ。

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