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【内容紹介】山野弘樹「VTuberはいかなる意味で二次元/三次元的な存在者なのか?」

フィルカルVol.8, No.2に掲載の論文「VTuberはいかなる意味で二次元/三次元的な存在者なのか?」の著者・山野弘樹さんが、この論文の紹介記事をnote用にご寄稿くださいました!

【論文の試し読みはこちらから】


こんにちは。
東京大学で哲学の研究をしている山野弘樹と申します。
2021年度から「VTuberの哲学」をテーマにした研究を行っております。

2022年8月に発刊された『フィルカル』Vol. 7 No. 2にて最初のVTuber論文(査読付き)が刊行されました。

この度、半年以上に渡る査読期間を経て、『フィルカル』Vol. 8 No. 2にて二本目のVTuber論文を掲載していただきましたので、
その内容に関して少しお話したいと思います。

皆さんは、ゲーム実況って観ていますか?
実は、僕はよく観ています。
 
ある日のことでした。
「今日は何のゲーム実況を観ようかな~」といつものようにYouTubeを起動すると、ホロライブのさくらみこさんがライブ配信をしているのが見えました。
 
しかも『バイオハザード HDリマスター』。 
これは僕が人生で初めてプレイしたホラーゲーム作品です。これはもう観るしかないと思い、さっそくリアタイを始めました。

そしてしばらく観ていたら、大変驚いてしまったんですね。
何があったかと言うと、さくらみこさんが、怒っているんですよ、クリス・レッドフィールドに。
しかも、単に怒っているというだけではありません。
さくらみこさんは、自分の等身や色味をバイオハザードの世界に合わせて、“まるで本当にクリスの隣に並んでいるかのように”そこに立っていたのです。

チャット欄では「みこちがバイオの世界に入った!」、「一向に目を合わせようとしないクリス」、「クリスめんどくさそうな顔しておる」と賑やかな進行。
僕もめちゃめちゃ面白いと思って、作業の手を止めてしばらく見入っていました。
いやぁ、なんて可愛らしい人なんだろうと。

ところが、ふと、そこで思いました。
さくらみこさんは、“一体何をしている”んだ? と。

みこちは、クリスの横にいる。
クリスに対して説教をしている。
だが、みこちは、どうしてこんなにも自然に「バイオハザードの世界を構成する記号の一部」になってしまったのか
 

さくらみこさんが当意即妙にやってみせた“その演出”は、先ほどまで仕事で哲学書を読んでいた一人の人間の思考を刺激しました。
本人的には単なる遊び心でやっただけの振る舞いが、哲学研究者の目には、大変興味深い取り組みのように見えたのです。
 
元よりゲーム実況において、「ビデオゲームを構成する記号の画面」と「VTuberを構成する記号の画面」は重ね合わされる傾向にあります。
その時、いったい鑑賞者にはいかなる鑑賞体験が与えられるのか、それまであまり考えたことがありませんでした。

だけど目の前のゲーム実況では、確かにみこちがクリスに対して説教をしている。
そこでは二つの画面が合わせられている。
そこに見出される意味作用は、いかなる原理によって生み出されているのか?
この鑑賞体験は、いったい何によって成立しているのか?……

かくして、哲学研究の息抜きで観始めたゲーム実況の配信が、そのまま思索の舞台となってしまったのです。
 
これが、私が論文「VTuberはいかなる意味で二次元/三次元的な存在者なのか?」を書き始めた最大のきっかけです。もはや、さくらみこさんの存在が、このVTuber論文を生み出したと言っても過言ではないでしょう。

さっそく私は、私たちの鑑賞体験を明らかにするために、鑑賞対象がどのような性質を持っているのかを分析しようとしました。

さくらみこさんは3Dのモデルで「重ね合わせ」を行った。
もしもこれと同じことを2DモデルのVTuberが同じことをやったら、同じような鑑賞体験は生まれないのだろうか?
いや、しかし、『星のカービィ ディスカバリー』では、ジョー・力一さんも盛大にカービィに吸い込まれていた。
2Dモデルでも出来る。
……とはいえ、まずは対象の性質を「二次元」、「三次元」で分けてみるのが良いかもしれない。

だが、そもそもVTuberに関する「二次元」、「三次元」とは、何を意味するのだろうか?
思えばキズナアイさんは、最初の動画の中で、「実は私、二次元なんです。あれ? 3Dだから……三次元?」と大変刺激的な問いを行っていたが、ここで言われている前者の「二次元」と、後者の「三次元」は、そもそも意味が違うのではないか? 

VTuberに関する二次元/三次元は、どうやらいくつか種類がありそうだ。

  1. 一つ目として、VTuberを表示する画面自体の二次元/三次元の水準が挙げられるだろう。

  2. 二つ目として、VTuberとして表象されている内容自体の二次元/三次元の水準が挙げられるだろう。

  3. 三つ目として、VTuberの表象の仕方自体の二次元/三次元が挙げられるだろう。

  1. 一つ目はVTuberの表象の「媒体」に関わるものである。

  2. 二つ目はVTuberの表象の「内容」に関わるものである。

  3. 三つめはVTuberの表象の「様式」に関わるものである。

VTuberに帰属される「二次元」、「三次元」という性質は、この三つの水準が混在したものになっている。
(先ほどのキズナアイさんの発言は、分かりやすいその一例である。)
そのため、VTuberの二次元/三次元性は、それぞれ表象媒体、表象内容、表象様式の観点で考察される必要があるだろう。

そしてもちろん、表象媒体の二次元性と表象内容の三次元性だけでVTuberという存在が分析され尽くされるわけではない。
むしろ表象様式の複層性こそが問題である。
VTuberの表象のされ方は非常に多層的である。
そこで、次はVTuberの表象様式について、身体性と空間性の観点から分析されねばならない。

VTuberの身体性と空間性を考察するための鍵、それは……

 ……といったのが、今回の論文を書いたときの思考の流れです。
 

何気なく観たさくらみこさんのゲーム実況から、ここまで思索を進めることができました。
そして、クリスに対して彼女が熾烈な説教を行ったおかげで、この世界に一つの論文が生まれたのです。
 
他にも、これまで私が観てきた思い出深いゲーム実況の事例も、いくつか混じっています。
そうした意味でも、この論文は私にとっては感慨深いものです。

VTuberを学術的に研究するという営みは、決して簡単なものではありません。
まず信頼できる文献が非常に少ないですし、一次史料も各媒体に散逸してしまっています。
だからこそ、伝統的な研究のアプローチをいくつか複合的に交えながら、この文化の構造を分析していく必要がある。
こうした仕事こそ、私が目標としているものです。

今回の論文で、「VTuberの哲学」をテーマにした私の論文は三本となりました。

現在は、この直接的な続編となる四本目の論文を執筆中です。
信頼できる哲学研究者と共に、今後も粛々とVTuber研究を進めてまいりたいと思います。
 

今回『フィルカル』に掲載される論文は、「VTuber×哲学」がテーマになっていますので、「VTuberに興味のある人」も「哲学に関心を寄せる人」も、どちらもきっと楽しめる内容になっていると思います。

「VTuberのゲーム実況論」という、あまり前例のなさそうな内容も含まれておりますので、ぜひお手に取ってみていただければと思います。

最後に、この論文を執筆するに際して有益なアドバイスをいくつも送ってくださった富山豊さん、本間裕之さん、松本大輝さん、篠崎大河さん、榊祐一さん、持田貴博さん、泉信行さん、塗田一帆さん、そしていつも素晴らしいゲーム実況をしてくださっているVTuberの皆様に、心から感謝申し上げたいと思います。



山野弘樹(撮影:嶋田礼奈)

山野弘樹 Hiroki Yamano
1994年、東京都生まれ。2017年、上智大学文学部卒業。2019年、東京大学大学院総合文化研究科(超域文化科学専攻)修士課程修了。同年より日本学術振興会特別研究員DC1(2022年3月にて任期終了)。現在、同大学院博士課程、および「東京大学共生のための国際哲学研究センター(UTCP)」リサーチ・アシスタント。専門はポール・リクールの思想および「VTuberの哲学」。2019年、日本哲学会優秀論文賞受賞。2021年、日仏哲学会若手研究者奨励賞受賞。主著に『独学の思考法』(講談社現代新書、2022年)。(プロフィール写真:嶋田礼奈)

note掲載にあたり、必要最低限の修正を加えました。
フィルカル編集部


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