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【AI小説】サイコホラーSF「アストラル・リンク - オリジンの記憶」#3

 抑止装置の構想が具体化したのは、あの夜の混乱を経てから間もない。隊内で初めて「未知の干渉を何とかして遮断しないと、どんな対処も意味をなさない」という合意が生まれ、私が中心になって各分野の人間を招集した。とはいえ、まだ正式な装置と呼べる完成品はどこにもない。ただ、何とか理論を形にし、急ぎ材料をかき集めて“予定地”を用意しつつある段階に過ぎなかった。

ガイアモジュールと呼ばれる広めのスペースに、技術担当のノーマンが床一面に図面を広げて座り込んでいる。その周囲には隊員数名が膝をついて並び、口々に意見を交わしていた。皆、苛立ちを隠せないのが見て取れる。現状では未知の干渉を根本から解明できず、対症療法さえままならない。だから、“抑止”という発想に希望を見いだしているのだ。

「ライアン、ここに使える部材が届いたわ。」アニタが低い声で報告してくる。彼女の目は赤く充血している。ここ数日まともに眠っていないのだろう。
「ありがとう。ノーマン、足りない部材はほぼ揃ったのか?」私が訊ねると、彼は眉間にしわを寄せながら図面を叩く。
「細かい部分がまだだけど、急場しのぎにするなら何とか。そもそも理想のスペックとは程遠いし、維持できるエネルギーの確保も怪しい。ただ、やらないよりはマシだ。」

私は疲れた視線をノーマンのタブレットへ落とした。そこには“抑止フィールド展開案”の大まかな設計図が表示されている。未知の干渉を遮るためのエネルギーバリアを張り、特定の範囲内だけでも干渉を弱めようという計画だ。問題は、バリアを維持できるほどのパワーソースも技術確証も、まだ一つも揃っていないということ。すべてが仮説と急造の発想で編み上げられている。

「ライアン、こっちも見て。」アニタが差し出したタブレットには、先ほど収集したばかりの“干渉の波形解析”が並んでいた。時間軸で並んだ数値が不自然に跳ね上がり、途切れ、また再浮上する――そんな形を繰り返している。
「この波形、普通の物理法則じゃ説明しきれないわ。放射線でも電磁波でもない。まるで意志を持っているかのように、観測の隙を突いてきているように見えるの。」アニタの声には疑念と恐怖が混じっている。
私は何も言わずにタブレットを見つめた。ひょっとして、本当に干渉が私たちの存在を把握していて、逆にこちらを観測しているのではないか──そんな馬鹿げた考えが頭をよぎる。

「作るしかないわね、抑止装置。」
重い沈黙を破るように、私が口を開いた。
「完成とはほど遠いし、成功の保証もない。けど、手を打たずにいるよりは可能性がある。少しでも干渉を押さえられれば、残った人間が何とか対策を練られるだろうし……。」

ノーマンは渋い顔で頷く。「ベストではないし、いつ崩壊するか分からない。でも、このままだと確実に隊は崩壊する。内部分裂が加速しているし、記憶やログが書き換わっている例も増えているからな。」

未完成の図面を基に、隊員たちは大まかな手順を確認し合う。防護シートを張り巡らせる位置、制御モジュールを配置する場所、エネルギーを供給するルート――すべてが手探りだ。私たちは物資リストをざっと照合し、不足しているパーツを急ぎ他区画からかき集める段取りを決めていく。
「とりあえず、モジュールを稼働させるスペースを確保して……外装には耐放射コートを塗って、遮断を強化する。あとはパワーラインをどう確保するか……」ノーマンは苦い顔で指示書をめくる。「予備のエネルギージェネレータを回せればいいが、ここに本来そんな余裕はないんだよな。」

アニタがタブレットを脇に置いてため息をつく。「だけど、もう日数がないのよ。このままだと、一週間と経たずに隊員の大半が錯乱状態になるかもしれない。どんどん酷くなってるから……。」
私はアニタの肩に手を置き、「大丈夫。少なくとも私たちにはこれがある。何もせず座して待つより、まだ希望があるはずだ。」と静かに言う。自分への言い聞かせのようでもあった。

その時、通路から誰かが叫ぶ声が聞こえ、金属が倒れる音が続いた。隊員が数人、物資を押したカートごと転倒してしまったようだ。イラついた声と言い争いが混じって響き、ただでさえ辛い雰囲気をさらに重苦しく染め上げる。
「どこも限界みたいだな……」ノーマンが低く呟く。

部屋の隅では何人かの隊員が失意に肩を落とし、図面のコピーをぼんやり眺めている。誰もが「抑止」以外のアイデアを持っておらず、しかし抑止が本当に機能するのか疑問を抱えている。私たちの会話には“もし失敗したら”の言葉が常につきまとっていた。

「やるしかない。何とか仮稼働させてみて、それから微調整だ。」
その一言で私はみんなを動かした。ノーマンは立ち上がり、アニタは端末を掲げて必要なパーツを確認する。作業員たちも、それぞれの位置について黙々と取りかかった。

空調音がひどく耳障りに感じられる中、私は図面を眺めながら、未知の干渉に対して初めて“こちらから仕掛ける”体勢を整えていることを自覚した。今までは受け身ばかりだったが、多少のリスクを犯してでも、この干渉を押さえ込むための手段を講じる必要がある。そうしなければ、オリジンそのものが崩壊するか、あるいは私たち全員が正気を失う結末しか見えない。

こうして、抑止装置を製作する作業が本格的にスタートした。まだ誰も、その完成形さえ想像できていないまま。だが、私たちは昼夜を問わず手を動かし始める。コロニーが今にも暗闇に吞まれそうな現状を、どうにか乗り切るためには、これ以外の手段が見当たらないのだ。

深夜になっても、作業場の照明は落ちず、技術班や研究班が慌ただしく動き回る。眠れぬまま互いに声を掛け合い、ときに怒鳴り合い、あるいは励まし合いながら、私たちは未知の相手へ“最低限の一撃”を放つための武器を作っている。その武器──抑止装置は、きっと不完全だろう。だが、不完全なままでも戦わねばならない。

そして、暗い廊下に届く微かな振動音が、私の胸に警告を鳴らし続ける。もしかするとこの装置が出来上がっても、干渉はそれ以上の力を発揮するかもしれない。それでもやるしかないのだと、自分に言い聞かせるように、私は図面を握りしめたまま夜を越えていった。

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