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【AI小説】サイコホラーSF「アストラル・リンク - オリジンの記憶」#2
ここ数日の騒ぎで、隊員たちの疲労は目に見えて増し、会話の端々から緊張が伝わってくるようになった。誰もが何らかの形で“不可解な現象”に巻き込まれ、少なくとも何らかの“異常”が存在するのは認めざるを得ない雰囲気だ。もっとも、だからといって「未知の干渉」の仕業だと即断する者はほとんどいない。科学者やエンジニアが中心の集団であるだけに、根拠の乏しい超常論を唱えるわけにもいかない――現実問題として証拠が乏しすぎるのだ。
しかし、私たちが結成した「原因追究チーム」は、着実に何か“見えない手”の存在を感じ始めていた。隊内で紛失・改竄された記録を照合するうち、普通なら再現不可能な現象が各所で起きている事実が浮かんできたのだ。
たとえば、ある隊員の作業ログが二重に存在する例。午前の時点では「まだ作業を開始していない」という日誌だったのに、午後になると「既に完了済み」と記された別のログが出てくる。しかも本人に確認すると「自分はまだ手を付けていない」と語る。けれど、別のメンバーは「いや、あのとき彼はちゃんと作業しているのを見た」と証言していて、どちらの記憶も食い違うばかりだ。
――一体どちらが正しいのか? もしくはどちらも正しくないのか?
私が想像していた以上に、この矛盾は根深い。メンタル面でのストレスが大きい開拓環境とはいえ、集団でここまで混乱を来すのは尋常ではない。そして、通信ログを調べても似たような例が出てくる。ノーマンたち技術班は「ログが二重化したのではなく、片方は“無かったこと”にされそうになっている形跡がある」と推測していた。もはや常識の範疇をはみ出している。
こんな状況下で、私がもっとも恐れていたのは隊員間の衝突だ。すでに何人かは精神的な疲弊から言い争いに発展しているし、さらにエスカレートすれば、前節で起きたような暴発を止めるのは難しいだろう。リーダーとして、少なくとも「集団ヒステリー」と呼べるレベルを超えさせないために、アニタらと協力して暫定的なガイドラインを作ることにした。
――「異常が起きても、それを他人のせいだと決めつけない」
――「おかしなログを見つけても、真っ先に誰かを疑わず、まず隊長(私)や副リーダーに報告を入れる」
――「作業時の記録は二重三重に取る(紙メモや物理媒体も併用)」
どれも対症療法でしかないが、いまの段階では少しでも疑心暗鬼を抑えるためには有効だった。もともと真面目な性格の多い開拓隊なので、こうしたガイドラインを提示すれば従わないわけがない。ただ、それでも核心を突く手立てにはならない。私が根本的に目指しているのは「原因の解明」であり、さらに「再発防止」なのだから。
昼下がり、私はノーマンと連れ立って、通信モジュール付近を点検していた。局所的な通信設備は相変わらず不安定で、外部との交信もままならない。もしこの状態が続けば、本部や他コロニーから追加の物資を取り寄せることも難しくなり、開拓そのものに支障が出る。
「ライアン、ここなんだが……」
ノーマンが示すのは、通信モジュールの背面にある制御パネル。通常ならアクセス権限がないと開けない場所だが、ロックが外れ、内部配線が少し乱れている。
「ハッキングの跡かな? それとも故障?」
私が尋ねると、ノーマンはため息をつく。「うーん、どちらかと言えば“誰かが意図的に開けた”形跡に近いんだが、開拓隊の中でこんな大胆な行動を取る人間がいるとは思えない。ログにも残っていないし……」
オリジン内部では、現行のセキュリティシステムがそこまで厳重ではないものの、こうした要所の配線パネルを開けるにはそれなりの知識と動機が要る。理由もなく触るはずがないし、第一こんな配線をいじって何の得がある? まさに謎だ。
「誰かが無断で細工した……と考えるのが妥当? でも何のために」
ノーマンは首を振るばかりで明確に答えられない。
結局、応急処置を施してパネルを閉じるが、二人してすっきりしない思いに包まれていた。帰り道、廊下の角を曲がったところで、コロニーの振動が一際大きくなり、天井照明がちらつくのを感じる。まるで“見えない地震”がゆっくりと建造物を揺さぶっているかのようで、不気味極まりない。
「ライアン、正直言って……これ以上は単なる故障じゃない気がするんだ。もし、もしだが“外部からの波”みたいなものが侵入しているとしたら……」ノーマンが声を潜めて言う。
私は思わず足を止める。「やはり、未知のエネルギー干渉……か。君もそう思うか?」
ノーマンは視線を伏せ、「確証はない。ただ、物理的な説明がつかない事例が多すぎる。隊員の記憶までも改竄されたかのように見えるし、端末がいきなり初期化されそうになるなんて普通じゃない。何か根源的な力が作用してるとしか……」
未知なる力が、オリジンの中で暗躍している。それは私も心のどこかで感づいていたが、はっきり口にされると背筋が寒くなる。だが、リーダーとしては怖がってばかりいられない。
「ここで手をこまねいても駄目だ。何か対策を立てよう。観測器を増やすなり、仮設のシールドを作るなり……」
「シールド?」ノーマンは思いもよらない言葉を聞いたという顔をする。
私としては、外部から放射や電磁波らしきものが流れ込んでいるなら、それを遮る物理的な方法があるのではないかという、いささか荒っぽい発想だった。実際、今の技術水準でどこまで可能か分からないが、受動的に観測するだけでは後手に回る一方だ。
「もちろん机上の空論かもしれないが、何もしないよりはいい。アニタにも相談してみる。天候や気象シミュレーションで得た知見が役立てば、何かきっかけが掴めるかも」
ノーマンは少しだけ表情を緩め、「分かった。オレも観測データを解析してみる。もし本当に外部から波が来ているなら、その周波数を特定できるかもしれない」と頷いた。
ところが、この会話を終えた直後、コロニーの警報が一時的に作動し、緊急アラームが廊下に響き渡った。制御室からの非常呼び出しが入り、急いで向かうと、管理モジュールを担当するスタッフが蒼白な顔で指示を仰いでいる。
「またログが消されかけてるんです! このままだと居住区の生命維持データまで危うい……」
聞けば、誰もアクセスしていないはずのシステムに「無人ログイン」の形跡があり、あれよあれよという間にファイルが破損しているという。幸いバックアップを手動で取ったばかりのため最悪の事態は回避できたが、こんなことが続けばいつか決定的な被害が起きる。
私たちは手分けし、ログ破損を食い止めようと必死にバックアップをコピーする。途中で照明がまた明滅し、制御パネルが点滅を繰り返す。一瞬、警報がつんざくような音を発したのち、突然静寂が戻った。
「い、いまのは……?」スタッフが怯えた声を漏らす。私は直感的に「未知の何かがこちらの抵抗を嘲笑っているのか」と背筋が凍る感覚を覚えた。
どうやら、次の段階が近づいているらしい。得体の知れない干渉は私たちの背後を取っている。あれはただの電磁ノイズでも故障でもなく、もっと根の深い、いわば“理性を食い荒らす怪物”なのかもしれない。このままでは開拓どころか、私たちの存在そのものが侵食されかねない――そう考えた私は、ある決断を胸に宿していた。
「隊を総動員してでも、この正体を突き止めて排除する。仮に外部波形だろうが、未知のエネルギー体だろうが、徹底的に立ち向かうしかない。もし現行技術で除去が不可能なら――最悪、抑止できるかどうかも考えよう」
非常事態と呼ぶには十分すぎるほど不可解な干渉が起きており、隊員たちの安全を守るためなら、どんな手段でも使う覚悟がある。
ただし、その“抑止”が本当に可能なのかは全く未知数だった。まだ私の想像の域を出ない仮説だし、具体的な理論もない。けれど、行動しなければ先はない。隊員たちを、一人、また一人と“あちら側”に奪われる未来をただ見過ごすわけにはいかないのだ。
ここにいる限り、オリジンを捨てるわけにもいかない。開拓隊はこの地で新たな歴史を拓く使命を帯びている。もし何か怪物めいた干渉が居座っているなら、それを根絶するか、あるいは封じ込めるしか道はない。
コロニーの廊下で響いた警報が、やがて鎮まったころ、私はアニタやノーマン、それに数名の信頼できる隊員を呼び出し、夜通しの緊急会合を始めることにした。傍らでは医療担当が再び錯乱を起こした男を見守り、他の隊員も部屋に閉じこもってデータの確保に追われている。まさに瀬戸際だ。
――「いよいよか」
胸にわだかまる重い予感を噛みしめながら、私は制御室を後にする。薄暗い通路を急ぐうち、また一瞬だけ視界の端を影がかすめた気がした。振り向いても、そこには誰もいない。だが、その空気には確かに悪意のようなものが漂っているのを肌で感じる。
今日まで、何とか理性を保ってきたが、この先どうなるかは分からない。しかし、やるしかないのだ。未知の怪物に怯えている暇など、本当はもう残されていない。
もっと早く手を打てばよかった――そんな後悔が脳裏をかすめるが、今はやるべきことに集中しよう。アニタやノーマンの力を借り、コロニーを蝕む“影”と対峙しなければならない。今なら、まだ取り返しが効くはずと自分に言い聞かせながら、私は軋むパネルの扉を開けて会合の場へと足を踏み入れた。
こうして私たちの戦いは、少しずつ“抑止”という言葉に近づき始める。まだ誰も、その先に待つ悲劇や苦渋の決断を確信してはいない。だが、オリジンが抱える闇は既に私たちの背後で嗤っているのかもしれない。
未知の波形、書き換えられる記録、錯乱する仲間……そして“抑止”という選択――その全てが、この後の私たちの運命を大きく揺さぶることになるとは、この時点で深くは想像できなかったのだ。