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【AI小説】サイコホラーSF「アストラル・リンク - オリジンの記憶」#5

 抑止装置の骨組みが立ち上がり、いよいよ“エネルギーフィールド”の要となる制御モジュールを組み込む段階に入った。これまで我流の方法でバラバラに仕上げてきたパーツを本格的に統合することになるが、その作業は想像以上に神経をすり減らす。机上の図面と現場が食い違うのは当たり前で、さらに未知の干渉が私たちの動向を探っているという疑念が常に付きまとっていた。

 制御モジュールは、もともとオリジンの環境制御システムの一部を流用したものだ。そこへ急きょ作った複合回路や遮蔽素材を接続し、「干渉波」を測定しつつ、その力を弱めるエネルギーフィールドを形成する狙いだった。言ってみれば、従来の空調や重力制御のラインを利用し、別目的の“バリア”を張るよう改造しているに等しい。そんな前例のない試みが、果たして安定して動作するのか、誰にも分からない。

 「ここをもう少し押さえて! コードが外れるわ!」  床に膝をついたまま、技術担当のマービンが大声で呼びかける。彼の手元では、配線の先端が火花を散らしながら抜けかけていた。別の隊員が慌てて抑えに入り、締め直しを試みる。周囲からは低い唸り声や機械音が混じるが、人々の視線の奥には絶望に近い暗さが宿っているのが見て取れた。

 私は壁際に立ち、作業全体を見回していた。抑止装置の遮蔽パネルはすでに配置され、金属フレームもそこそこ整っている。あとは中心部に据えた制御モジュールに通電し、フィールドを“展開”できるかどうかが焦点だ。  しかし、通路の奥で発生した小競り合いの気配が消えない。誰かが「自分の記録を改変された!」と叫び、別の誰かが「そんなことする余裕なんてない!」と応じる罵声が、薄暗い天井を震わせる。まるで私たちが“大騒ぎの最中に試作品を組み上げている”という状況を象徴しているようだ。

 「アニタ! 補助電源のラインはどうなってる?」私は慌ただしい作業音を掻き分けるように声を張った。すると、片手でタブレットを操作していたアニタが眉をひそめながら振り向く。  「一応繋ぎ終わったけど、負荷をかければいつ飛んでもおかしくないわ。所詮は暫定でしかないし、主電源が干渉を受けてダウンしたらすべてが終わる……」  彼女の言葉は淡々としているようで、内心の恐怖を押し隠すように見えた。もしこの装置が失敗すれば、私たちの希望は根こそぎ崩れるだろう。

 そのとき、遠くの廊下から誰かの絶叫が響き、同時に金属が激しく倒れる音が炸裂する。作業をしていた隊員の何人かがそっちを振り返り、落ち着かないざわめきが走った。けれど、私たちには作業を止めて駆けつける余力がほとんどない。いま抑止装置を放棄すれば、結局は全員が破滅するだけなのだ。  「ライアン、もう限界かもしれない。いっそ試験稼働してみるか?」ノーマンが隣で苦しそうに問いかける。彼の顔色は悪い。たぶんこの数日、ほとんど眠れていないはずだ。

 私はアニタや周囲の様子を見渡し、苦渋の判断で頷いた。「分かった。まだ全部のチェックは終わってないが、とにかく動かして“どこまでやれるか”確かめよう。放っておけば干渉に押し潰されるだけだ。」  ノーマンは頷くと、周囲の隊員に大声を張り上げる。「みんな、一旦手を止めて! 動かせるラインを確認して、制御モジュールを接続するぞ!」  動揺を抑え込むように、隊員たちがそれぞれの持ち場で最終点検を始めた。照明が微妙に明滅し、天井から滴る結露が薄闇を照らす非常灯に反射して、不気味な光を放つ。誰もが息を詰めているのが分かる。

 だが、その時、制御モジュールの脇に立っていた技術員の一人が“何か”を見たような動作をし、悲鳴を上げて尻餅をついた。「う、後ろに……影が……!」彼はうわずった声で床を後ずさりながら叫ぶ。見れば、そこに“人影”などあるはずがない。しかし、周囲の空気が異様に重くなるのを私も感じ取っていた。  私たちはぎこちない沈黙を保ったまま、制御パネルに導線を一本ずつ繋いでいく。湿度の高い空気がひどく肌にまとわりつき、嫌な汗が背中を伝う。ノーマンの手の震えが激しくなりながらも、彼は意地でケーブルを差し込む。

 「こ……これで、回路は……繋がった……」ノーマンが唇を噛みながら報告する。私も隣で監視モニタを覗き、オリジンの各エネルギーラインから逐次供給を受ける数値が表示されるのを確認した。フロアのあちこちから微かな火花のような反応音が聞こえるが、いまさら引き返せない。

 アニタが「準備よし……」と小声で囁き、私は一度深呼吸する。どのみち完成とは程遠いが、かろうじて起動だけは可能になった。干渉がこれをどう受け止めるかは未知数だが、私たちができる最善の策には違いない。  「いくぞ……!」私は制御パネルのスイッチを探り当てた。隊員たちがみな息を止め、誰かが遠くで「頼む……」と祈るような言葉を洩らす。

 スイッチが押し込まれると同時に、装置周囲のパネルがごく淡い光を放った。まるで鈍く輝く膜が壁一面に広がるように見える。酸素モジュールや空調から引き出したパワーラインを経由して、抑止フィールドが形成されているのだろう。理屈はあまりにも怪しいが、少なくとも動き出したことは確かだ。  「成功……か?」ノーマンが声にならないほどのかすれた呼吸で言う。そこへアニタが端末を掲げ、「干渉波らしき値が――下がっている。ほんの少しだけど、確かに振幅が減ってるわ!」と上ずった声を出す。

 私の胸にわずかな安堵が広がりかけた。しかし、そのとき周囲の空気が震え、一瞬だけ照明が落ちる。背後からざわりと怯えの声が上がり、複数人が後ずさる音が聞こえた。  「ライアン……!」ノーマンが青ざめた目で私を見やる。計器を見れば、干渉波が下がる代わりに、別の指標が急上昇し始めている。まるで干渉が新しい状況に適応し、別の形で反撃を始めるかのようだ。  「畜生……この程度のバリアじゃ、逆に刺激してしまったか……?」私の歯が鳴る。抑止フィールドが干渉の勢いを削ぐ前に、相手が“変則的な力”を発揮してきた恐れがある。

 制御パネルから奇妙なノイズが鳴り、周囲のパネルもチリチリと火花を散らす。技術員の一人がケーブルを必死に押さえ、「まだ持つ……? いや、エネルギーラインの負荷が危険域だ……!」と叫ぶ。  「引くべきか、続行すべきか……」ノーマンの視線が私へ突き刺さる。抑止の道を半端に諦めれば、干渉に何の抵抗もなく呑まれる。このまま続行すれば、装置が暴走し大量の隊員を巻き込む危険性もある。

 私は凄まじい葛藤を覚えながら制御端末を見据え、最終的に眉を決然と吊り上げた。「まだ止めない。干渉が反応してるなら、少なくとも抑止の手応えはあるんだ。何としても押し込む……!」  ノーマンは苦い表情だが、端末に再度コマンドを打ち込み、出力を少し上げる。パネルの光がビリビリと空気を焦がすように増し、同時に隊員らが押し黙って身を縮めるのが分かった。

 次の瞬間、区画全体がグラリと揺れ、天井のボルトが外れかける音が鳴り響く。さらに床を激しく打ちつけるような振動が続き、複数の隊員がよろめいて倒れ込んだ。誰かが「やばい、崩壊する!」と叫ぶが、私は歯を食いしばる。ここで退けば、干渉に完全に屈するだけだと信じていた。  「あと少し……頼む……!」私は半ば祈るようにコントロールパネルを凝視する。干渉波グラフが上下を繰り返しながら、徐々に平均値を下げているのが見える。私たちの雑多なバリアでも、一定の効果はあるのだ。

 やがて、振動がひとまず弱まった。ちらりと視野の端で、影がすっと遠のくように見えた。隊員の中には泣きそうな顔で座り込む者もいるが、死に至る最悪の事態はかろうじて回避されたらしい。乾いた息をつきつつ、私は胸に手を当てる。  「成功……なのか?」ノーマンが首を振りながら端末を見やる。「完全ではない。でも、干渉が多少は抑えられているのかもしれない。数字が沈静化してる。すぐにまた波が来るかもしれんが……」

 厳密に言えば、このフィールドはただの“仮抑止”にすぎない。多くの不備を抱え、補助電源がいつまでもつかすら怪しい。だが、この区画内では先ほどまでの激しい錯乱が収まりつつあるようだ。遠くから響いていた怒鳴り声や衝突音も弱くなっている気がする。  「やったんだ……」誰かが呆然と呟くが、あまりに疲れすぎて歓声すら上がらない。隊員たちは皆、半分朦朧とした表情のまま工具を放り投げ、床に腰を下ろしていた。

 一方で私は、内心では“不安”がひたすら脈打っていた。こうした抑止は長く続けられないし、未知の干渉が自ら退くとは限らない。むしろ、私たちの対抗策を知った干渉が次の策を講じてくるかもしれない。意志を持つのかどうか分からないが、妙な波形の動きを見た以上、油断はできない。  「これでコロニー全体を守れるわけじゃない。たった一つの区画を囲っているにすぎない……」私は胸の中でそう呟き、視線をノーマンやアニタに向ける。彼らも同じ思いを共有しているのが表情から伝わった。

 しかし、いまはこの成功――というか“小康状態”でも尊い一歩だ。私たちがつくり出したバリアが、完全破滅を免れるための時間を稼いでくれたかもしれない。
 いずれもっと大規模な“エネルギーフィールド”を開発し、この未知の干渉を隔離しなければ根本解決には届かない。けれど私たちがそこへ到達するまで、コロニーがもつのかどうか、正直なところ分からない。半分は賭けのようなものだ。
 それでも私たちは進むしかない。未知の干渉が攻勢を強めてくる前に、より大きな手段を生み出す必要がある。あくまで“一時的な勝利”に過ぎないこの抑止にすがりつつ、次の段階――本格的なエネルギーフィールドによる隔離――へと踏み込むための準備を始めよう、そう決意しながら、私はがらんどうの区画を見つめていた。

 どこか遠く、もう聞こえないほど小さくなった足音が、まるで“干渉”が退いていったかのように思わせる。しかし、その足音は消えたのではなく、次の狙いを定めている気がしてならない。喉の奥で固まる息を吐き出せず、私はただ握りしめた拳に力を込めた――このわずかな静寂こそが、本当の危機の前触れかもしれないのだから。

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