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【AI小説】サイコホラーSF「アストラル・リンク - オリジンの記憶」#6
私たちが臨時の「抑止装置」を起動させてから、どれほどの時間が経っただろう。あちこちに漂っていた雑音めいた現象は、確かに一時的に後退したかに見える。それでも私たちの胸中には、いつ吹き荒れてもおかしくない不安が根強くこびりついていた。まるで空模様が陰鬱な雲に覆われ、嵐の合間を縫って何とか身を休めているような、そんな息苦しさが続いている。
抑止装置が稼働した区画は、一応は“比較的安全”と呼べる場所になりつつあった。そこでは作業員たちが一息つき、休憩を取る姿も見られるようになったが、みんなが心底安堵しているわけではない。なぜなら、未知の干渉があれほど猛威を振るった事実は消えず、「いつまた猛攻が始まってもおかしくない」という緊張感は常に頭をもたげている。
私は制御パネルの前に立ち、じっと周囲を見渡していた。エネルギーレベルを示すバーが不穏な刻み方をしており、正直なところ、いつ途切れるか分からない。そもそも急造の仕組みで長期間の稼働を想定していない。隊員の一部は「奇跡的にまだ動いてる」と半ば呆れるように言うが、それがこの先も続く保証はない。
「ライアン、そっちの数値はどう?」背後からアニタの声がする。振り返ると、彼女がタブレットを握ってこちらを見つめていた。私が示すグラフを見て、すぐに眉をひそめる。
「かなり不安定だ。補助ラインは本来こんな使い方をする設計じゃないし、負荷がかかった時点で一部のフェーズが吹き飛ぶかもしれない。」私は声を抑えて返す。
彼女は瞳を曇らせ、「分かるわ。けど、私たちにはこの区画を維持するしか選択肢がない。外の隊員たちは少しでも安全な場所を求めて、ここに集まってくるでしょうし……。」と切なそうに吐き出す。
実際、抑止装置の区画に避難しようとする隊員が増え始めていた。どこからか「ここに来れば少し気がラクだ」との噂が流れ、半ばパニック気味に入り口へ殺到する者もいる。しかし、装置が備える空間は広くないし、収容できる人数にも限度がある。
「やばい。あんまり人が増えすぎると、かえって制御不能になるかも……」ノーマンが慌てて入り口へ向かい、数人の隊員を説得していた。「申し訳ない、装置の干渉範囲に余裕がないんだ。とにかく落ち着いて、指示が出るまで他の区画で待機してくれ!」
だが、顔面蒼白の彼らに理屈は通じづらい。未知の干渉に翻弄された恐怖で、皆が焦りと絶望の端境にいるのだ。小競り合いが発生しそうな気配を感じ取り、私も後を追いかける。
「待ってくれ。ここが完全に安全なわけじゃない。今だって装置がいつ止まるか分からないんだ。君たちにも準備を手伝ってほしい。自分たちを守るためにも、協力してくれないか?」
私はなるべく冷静な口調で呼びかける。押し黙っていた隊員たちは、戸惑いながらも私の言葉に耳を傾け、渋々と引き返す姿が見える。何とか場を収め、アニタやノーマンのもとへ戻ったときには、私はさすがに息が上がっていた。
アニタが私を見て、小さく肩をすくめる。「これからどうする? 現状の装置じゃ、いつまで維持できるか分からないわ。」
私は胸を押さえ、わずかながら意を決して答える。「もっと強力なエネルギーフィールドを開発するしかない。今のやつは簡易的な抑止にしかならないけど、いずれ私たちが本気で“隔離”を試みる場合に参考になる。技術班や研究班と連携して、より大規模な仕組みを構築するんだ。」
言いながらも、そんな壮大な計画を実行できるほど、今のオリジンに余裕があるのかと疑問は尽きない。けれど、代わりの手段が他に思いつかない。もしも完全な隔離装置が作れれば、干渉をコロニーから切り離し、この悪夢に終止符を打つことが可能かもしれない。
「大丈夫か?」ノーマンが苦しげに言う。「ここ数日の混乱で、隊の物資も人員もボロボロだ。そんな状況で大掛かりなプロジェクトなんて……。」 「やるしかない。」私はその言葉だけを繰り返す。「結局、私たちは未知の現象を抑え込む以外に術がない。あれを駆逐する方法は見当たらない以上、隔離がベストの選択肢なんだ。」
アニタが深く息を吐いてうなずく。「そうね……。私も昨日、重度の錯乱症状の隊員を見たけど、普通の医療では対処できない領域に達していたわ。こんなときこそ、まとまった計画が必要なんでしょう。」
その口調には諦観も含まれているが、それでも前を向こうという彼女の意思がうかがえる。
そうして私たちは、その場で簡単な打ち合わせを始めた。ノーマンとアニタを中心に、必要な資材リストや工期の概算を洗い出す。もっと強い隔離フィールドを作るなら、いま私たちが急造したパネルとは比較にならないほどの安定したエネルギー源と複雑な制御回路が必要になる。それらを揃えるには、コロニーの他区画からより多くの人手を借りる必要があるし、さらに言えば“未知の干渉”が中枢部へ侵入しているなら、そこの復旧も同時に進めないといけない。
しかしこの話し合いの最中、突如として制御パネルの端末がチラチラと点滅を始め、抑止装置の稼働率を示すバーがじわじわ下がっていくではないか。周囲から「まさか、もう駄目に……?」というどよめきが上がり、私はとっさに装置前へ駆け寄る。幸い、すぐにランプは復帰して数値も安定を取り戻したが、隊員たちの表情からは一層不安が広がっている。
「……補助ラインに負荷がかかりすぎたかもしれない。今後、こんなスパイクが増えるはずだ。」ノーマンが歯噛みしながら言う。「このまま24時間、48時間と運転し続ければ、いつか一気に破裂するんじゃないか。」
私は端末の数値を確認し、「そうならないように小まめな調整が必要だ。だけども、調整に集中しすぎると肝心の“隔離計画”に人手を割けない……」と悩ましげに呟いた。
私たちの頭上では、通気ダクトが金属をこするような軋みを立てている。まるでコロニーそのものが悲鳴を上げているかのように聞こえて、思わず身体が強張る。開拓初期には想定していなかった苦境が、ここにきて一気に吹き荒れているのだ。
「ライアン、どうか決断を急いで。」アニタが再び声を押し殺して言った。「隊員の大半が疲労と混乱で限界よ。第一に、外部との通信も途絶えがちだから、支援も望めない。私たちは孤立無援なんだもの。」
その通りだ。オリジンがどんなにSOSを発信しても、現状では聞き届けられる見込みが薄い。干渉は回線を撹乱しているし、局所的に復旧したとしても、そこへたどり着くまで隊員が正気を保てるかが疑わしい。
「分かった。長期的にはもっと大規模な隔離を実現するしかない。具体的な計画をすぐ立てよう。まずは抑止装置を安定稼働させる班と、隔離用の新設計を組む班の二手に分かろう。」私は声を張り上げ、意識して隊員全員に聞こえるようにした。
「賛成。いま動かないと、また“何か”が来るかもしれないからね。」ノーマンが舌打ち混じりに端末を握る。まるで虚勢を張るように腕まくりしながら、周囲の技術者に指示を出す。その指示も、焦りと恐れが混ざった感情の吐露のようだった。
私は多くを語らず、ただ心の中で繰り返す。「失敗は許されない。もし次の攻撃が来て、この装置が瓦解すれば、コロニーは無秩序な崩壊を迎える。だが、隔離に成功すれば、これ以上の犠牲は出さずに済むかもしれない……。」
そんな期待と不安が交錯する中、隊員たちはバラバラに散っていく。補助電源の維持に回る者、設計図の再構築に着手する者、物資の調達に走る者――コロニーの廊下を行き交うその姿は、どれも疲弊の色が濃い。それでも一縷の望みにすがりたいのだ。いまは、それが唯一の救いに思える。
私は改めて制御パネルを見下ろす。すると、薄い青白い光を伴うゲージが、もうすぐ半分を切ろうとしていた。徐々に、この仮設バリアの限界が近づいていることを暗示しているようにも見える。じわりと嫌な汗が額を伝い、重苦しい息が肺を焼く感覚に襲われた。
「あとどれだけ私たちは戦える……?」
言葉をこぼした瞬間、奥の通路から小さな振動が響き、壁際のパネルがカタカタと鳴った。まるで何かが“抑止装置の区画”を覗いているような、嫌な空気が漂う。
「負けられない……」
私は奥歯を噛んだ。開拓隊の使命や隊員たちの命を守るためにも、より強固な隔離へ踏み切らなければならない。もしその先にあるのが過酷な結末だとしても、立ち止まってはいられないのだ。
遠くで誰かの短い悲鳴が響き、廊下の照明が微かに揺らいだ。干渉の手は完全には引いていない。
もう一度、私は拳を握りしめて前へ踏み出す。こうして私たちは、抑止装置の一時的な成功にすがりながら、次の大きな決断へと走り出す。通路の奥からかすかに漂う足音が、まだこの戦いの終わりを許してはいない。はたして、私たちが目指す“隔離”という賭けが吉と出るのか、それともさらなる絶望を引き寄せるのか――今は誰にも分からない。