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【AI小説】サイコホラーSF「アストラル・リンク - オリジンの記憶」#7
第3章「揺れ動く決断と静かな足音」
この場所を、いつか「オリジン・コロニー」として胸を張って呼べる日が来ると、私たち開拓隊は信じていた。だが今や、あちこちで走り回る足音は悲鳴と紙一重のざわめきを帯び、通路に垂れ込める空気は重苦しい。わずか数日前からはじまった不可解な現象が、一気にコロニーを根こそぎ浸していく。抑止装置を稼働させたとはいえ、危機が去ったわけではないことを、私たちは嫌というほど感じていた。
私の名はライアン・ミラー。
開拓隊のリーダーとして、不可解な“何か”の干渉に対処すべく、即席のバリア装置を立ち上げた。けれど、あの仮設の仕組みは所詮応急措置にすぎない。区画の一部を守るだけで、コロニー全体を覆うには到底及ばず、しかもいつ崩壊するか分からない脆弱さを抱えている。
とはいえ、この小さな区画が生み出す“安息の空間”には、いま多くの隊員が救いを求めて駆け寄っている。「ここなら意識が混乱せずに済む」と噂を聞きつけ、一時の隠れ家のように人が集まるのだ。いずれ飽和状態になるだろうが、現状ではどうしようもない。干渉を本格的に封じ込める“隔離”策こそが必要なのだと、誰もが分かっている。
「次のステップに進むしかないんだろうな。」
自室代わりになっている小さな作業スペースで、私はひとりごちた。狭い壁際には、数時間前から急ごしらえの設計図が広げられている。そこには“より安定したフィールド生成”を目指すための無数のメモ書きと試算が積まれていた。
どんな装置なら、あの得体の知れない干渉を大規模に隔離できるのか。いま持ち合わせている技術と資材だけで組み上げられるのか。何より、そうした大掛かりな工事をコロニーが受け止められるか――課題は山積みだ。
私は眉をひそめながら、図面上の数字を指でなぞる。空調ラインや重力制御ラインを大幅に改修し、それを一種の“エネルギー源”にするというアイデア。単純に考えれば負荷が高すぎて、現在の補助電源網ではすぐ破綻するだろう。しかしそれでも、やるしかない。抑止と隔離の違いは大きい。局所的な抑止では本質的に干渉を取り除けないまま、私たちが消耗していく未来が見えている。
作業スペースの扉が軽くノックされ、ノーマンの声が響いた。「ライアン、入っていいか?」
「もちろん。ちょうど君を呼ぼうとしていたところさ。」私は荷物をどかしながら応じる。扉が開くと、ノーマンの顔には相変わらず疲労の色が濃い。彼もここ数日、寝ている暇などなかっただろう。
「やっぱりか。俺も次の手を話したかったんだ。あの“隔離計画”について、具体的に詰めたほうがいいと思って……」ノーマンが部屋に入るや否や、図面に目をやる。椅子を勧めるまでもなく、彼は小さく苦笑いして言葉を継ぐ。「悪いが、長丁場になりそうだな。お互い、もう限界だろうけど。」
「限界……と言っても、立ち止まればコロニーが崩れるだけさ。」私は肩をすくめ、書類の一部をノーマンに手渡す。「これが新しい案。重力制御ユニットをさらに増強し、ここを中核に巨大なフィールドを張れないかと考えている。バリアというより、コロニー内部を“二重三重”に仕切ってしまう構想だ。」
ノーマンの視線が書類の行を追いかけながら、一度うつむく。「すごいな……正直、そんなに大掛かりな工事を今の人員でできるか?」
「そもそも不可能かもしれない。」私は素直に認める。「けど、未知の干渉を無力化できない以上、隔離しか道はない。大掛かりな仕切りを構築して、干渉の発生源を塊ごと閉じ込める……それが成功すれば、少なくともコロニー全体への波及を断ち切れるかもしれないだろう?」
ノーマンはタブレットを取り出し、私の案を入力してシミュレーションしようとするが、すぐに眉が寄ってくる。「やっぱりな。負荷がすごい数値になる。エネルギー供給を強引に拡張しないと、数分の稼働で終わりだ。」
「だろうな。でも、いま動かさなきゃ意味がない。何週間もかけて準備している間に、干渉がこちらを叩き潰すだろう?」
嫌な沈黙が降りる。私たちも言葉を飲み込み、じっと数値を見つめる。そこには“破綻しやすい”“長期稼働は無理”という現実が突きつけられているが、同時に“これはやってみる価値がある”とも示唆している。わずかな成功率に賭けるしかないのが実情だ。
「分かった。多少乱暴な手段になるが、やってみるしかなさそうだな。」ノーマンは疲れ切った声で言う。「ただ、俺だけじゃなく、アニタや他の連中も巻き込まないと。コロニー中枢へのアクセス権を広げて、重力制御ユニットをいじれるようにしなくちゃ。管理部の許可がいるだろうけど……。」
彼の言葉に私は苦い笑いを洩らす。「管理部――もうあまり機能してないんじゃないか? みんな自分の身を守るのに手一杯だし、実質的には私たち技術メンバーが動かすしかない。時間が惜しいから、正式許可なんて言ってられない。」
ノーマンは同意しかねるように息を呑むが、結局はうなずく。「そう……もう規則を守る余裕はない。生き延びるかどうかの瀬戸際だからな。」
そうして私たちは、すぐに人員の再編を考え始めた。抑止装置の維持組と、新規の隔離フィールド設計組、それから資材を捜索・調達する組――大雑把に三つに分ければ動きやすいかもしれないが、どの班も疲労困憊であり、衝突を避けるためのケアも必要だ。正直、リーダーの私でも頭が痛くなるほど複雑だ。
「ノーマン、そっちはアニタや数名を連れて、具体的な負荷試算をもう少し詰めてくれ。俺は隔離に使えそうな素材や工法を、別の連中と洗い出してみる。いま用意できる鉄骨や金属パネルだけじゃ足りないかもしれんし。」
ノーマンが頷くと、彼のタブレットが一瞬ノイズで白く塗りつぶされた。二人とも、さっと顔を強張らせるが、幸いすぐ元通りに映像が戻る。だが、まるで干渉から「わざわざ存在感を見せつけられた」ような不気味さを感じずにはいられない。
私が急いで廊下へ出ると、通路は蒸し暑い空気に満たされていた。抑止装置を稼働している区画は少し涼しいのだが、そこから一歩外へ出ると、妙な温度上昇と息苦しさが待ち受けている。あの得体の知れない力が活性化している兆候かもしれない。
足音を響かせて駆けるうち、何人かの隊員とすれ違った。彼らは私を認めると、すがるような視線を投げかける。「この先、どうなるんですか……」と問いたげな目。私は答えを返せないまま、小さく首を振るしかなかった。
「信じてくれ。俺たちはもう一つの手段を作り上げる。そのときまで、耐えてくれ……」
心の中でそう呟きながら、遠くから聞こえてくる雑音や喧噪が私の耳を塞ごうとする。悲鳴や衝突が小さく聞こえ、大きなトラブルはまだ続いているらしい。
やがて手狭な倉庫区画へ到着すると、準備班の二人が不安げに待っていた。「ライアン……あまりめぼしい資材は見つからない。どこを漁っても、建設用パネルや高強度合金はほとんど残ってないわ。開拓初期だから仕方ないんだけどね……」
私は棚を一通り見渡し、錆の浮いた金属フレームや雑多な機材に目を奪われる。もし本格的な隔離の壁を築こうと思えば、これだけでは圧倒的に足りない。ただでさえコロニー内は混乱しており、他の区画で再利用可能なパーツを集められるかどうか分からない。
それでも希望は捨てきれない。「今あるものを最大限活用するしかない。何か流用できそうなものを片っ端から持ち出そう。ダメなら代替策を考える。急いでくれ。」準備班の二人が渋い顔をしながらも、手分けして倉庫の隅々を探索し始める。
私が手伝いに加わろうとした矢先、倉庫の奥でガタンという大きな物音がした。振り向くと、箱が一つひとりでに倒れたように転がり、蓋が開いて金属片が散らばっている。とっさに通路を覗いても人の姿はない。
「またか……」私は苦く息を洩らす。不可解な力が倉庫にまで干渉しているのか、あるいは重力不安定か。もうすぐ場所を問わず、この類の異常が起きても驚かないほど精神が麻痺してきた自分に気づき、ぞっとする。
現場の準備班が警戒して立ち止まるが、私は手を振って合図する。「大丈夫だ。続けてくれ。いちいち怯えてたら進まない……」
そう言いながらも、背筋に染み込む冷たい感触を拭いきれない。何度繰り返しても慣れそうにない恐怖が、私たちの周囲を小馬鹿にするように蠢いている気がする。
こうして資材を探し集め、仮の改修計画を試行錯誤する中、時間だけが虚しく経っていく。抑止装置がいつ崩れ落ちるか分からない緊張と、人々の疲弊は増すばかり。
それでも私は踏ん張る。自分が隊長である以上、投げ出すことは許されない。隊の誰かが命を落としそうなほど追いつめられているなら、この“隔離”という賭けを実行するしかないだろう。
しかし頭の奥では、絶えず疑問が湧く。――私たちが隔離に成功したとして、その先に何があるのか。干渉を完全に追い払えない以上、結局は同じ危機を繰り返すかもしれない。ましてや、これほど不安定な装置で永続を望むのは幻想だ。
「けれども、他に手段がないんだ……」私は小さく自分に言い聞かせる。隔離の実現が難しければ、コロニーは完全に飲み込まれるしかない。いっそ通信を回復させて外部へSOSを送れればいいが、干渉と内部混乱が邪魔して進捗は乏しい。
倉庫を出て、再び廊下に戻ると、照明が微かな変動を繰り返していた。まるで鼓動のように点滅する光が、どこか生理的嫌悪を煽る。私は唇を噛みしめながら先へ進む。
次の交差点を曲がると、抑止装置の区画から離れた空間に出た。そちらには複数の隊員が疲れた表情で腰をおろし、床を見つめている。誰一人笑顔がない。ときにうわごとのように「これは夢か」とつぶやく者もいる。ここでは、簡易バリアの恩恵がほとんど及ばず、干渉が再び意地悪くのさばっているように感じられた。
「皆さん……あと少しの辛抱だ。大掛かりな隔離の準備をしている。耐えてくれ!」私は声を上げ、彼らに呼びかけるが、応えるのはうつろな視線だけ。恐怖と疲弊に押し潰されかけている人々を、さらに激励する言葉が見当たらないのが歯がゆい。 背後では資材を抱えた準備班がバタバタと行き過ぎる。足音だけが乾いたエコーを残し、私の心拍をいやに増幅している気がする。ああ、いま私がこうして立ち回っているうちに、抑止装置が耐えきれず崩壊したらどうなる? 想像しただけで背筋が凍りそうになる。
それでも歩みを止められない。隔離が実現すれば、あるいはこの悪夢を押さえ込む一筋の光となるだろう。完璧とは程遠いにしても、いま私たちにできる最大限の対策に違いない。
遠くの区画で金属の落下音が鳴り、隊員の叫び声が複数重なり合う気配がした。再び心が折れかかる。だが私は拳を握りしめ、「やるしかない……。俺が止まるわけにはいかない……」と胸の中で叫ぶ。
かすかな鼓動のような灯りが廊下を照らし、闇の奥から何かが見つめている気がする。この未知なる存在との戦いは、すでに簡易バリアを超えて次の段階へ移りつつあるのだろう。私たちは時間が限られている中、隔離を完成させなければならないのだ。
こうして、揺らぐ光の下、私たちの意志だけがかろうじて折れずに進んでいる。“隔離”の準備に向けて、より大きなエネルギーフィールドを構築するための段取りが始まろうとしていた。その作業は容易ではない――だが、希望を捨てたくない私たちが選び取るべき道は、もはやこれ以外に見当たらない。
足音を響かせながら先へ進むたび、背後に付いてくる恐怖が影のように寄り添う。私は意識的に振り払おうとするが、振り向いてもそこには誰もいない。
「何としても成功させる……」
そんな呟きだけを繰り返しながら、私は再び薄暗い廊下を抜け、隊員たちのいる場所へ足を踏み出す。もう迷っている時間は残されていない。今ある力をすべて投入し、抑止を超えた“隔離”を成し遂げるために――。