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【AI小説】サイコホラーSF「アストラル・リンク - オリジンの記憶」#10
第4章「決裂と工事」
隔離に向けた動きが始まってから、私は半ば寝食を忘れて作業指示と調整に没頭していた。抑止装置が持ちこたえているあいだに、コロニー内を区画封鎖する準備を完了させなければならない。短い猶予の中でやれることは山ほどあるのに、誰もが疲れと恐怖に追い詰められつつある状況だ。
区画封鎖の要となる壁材と配線が山積みになった作業エリアを、私は何度も往復していた。そこではノーマンをはじめ数名の隊員が、重たいパネルを組み上げながら次の工程を相談している。どのラインを切り替えれば抑止装置へ供給するエネルギーを拡張できるか、どの程度のエリアを物理的に閉ざすか――その判断一つひとつがコロニーの命運を左右する。ごく小さなミスでも、抑止装置の負荷が限界を超えるか、あるいは住民の生活圏が破綻しかねない。
「ライアン、そろそろメイン回路を切り替えるぞ。今なら少し余力があるはずだが、時間は長くはない」
ノーマンが声を張って私に呼びかける。彼はいつもと違って苛立ちを隠さない様子だ。ケーブルが腕に絡まり、薄い汗の光が見える。
「ああ、分かってる。切り替えた瞬間に抑止装置が落ちないか、バックアップを確認しておくよ。いまアニタが制御室へ行って補助モジュールをチェックしているはずだ」
私も返事をしながら、内心で息苦しさを感じていた。開拓隊の仲間たちが本来なら緻密な理論に基づいて作業するところを、いまは突貫の力技でゴリ押ししている。見えていない“何か”が我々を急き立てるように襲っている以上、悠長に手順を踏んでいられないのだ。
部屋の隅では、アニタの副チームが壁材を運んでいた。彼女はちらりとこちらに目をやり、小さく頷く。重たい金属パネルを抱えつつも、その瞳は疲労の中に決意を宿している。ここ最近、私とアニタはほとんど言葉を交わさなくても意思が通じるようになった。日々、危機が深まるほどに、互いの呼吸だけで状況が見えてくる気がする。
私は手を振り上げ、周囲の作業者たちに声をかける。
「皆、メイン回路を切り替える! その瞬間だけ照明が落ちるかもしれないから、慌てずに保安灯を点けるように。もし何かが動いても、絶対に勝手な行動はしないでくれ!」
返事はほとんどなく、むしろ視線が集まるだけ。隊員も住民も、極度の神経疲労を抱えながら私を見ている。彼らが従うのは、これがコロニーを救う唯一の策だと、ぎりぎり信じているからだろう。私の胸に重みが増す。もし失敗したらどうなる? 抑止装置が落ち、干渉がこの空間を完全に呑み込むのか。
ノーマンがパネルを操作し、数秒のうちに灯りが一瞬薄暗くなる。ビリッという音とともに、コロニーの空気が変わったような錯覚を覚える。床下から金属の軋む響きが伝わり、それだけで心臓が跳ねるように疼いた。
「回路切り替え完了……ライアン、抑止装置のステータスどうだ?」
彼が私を振り返る。私は自身の端末を睨みつつ応える。
「まだ生きてる……レベルが少し下がったが、完全停止はしてない。アニタ、聞こえるか? 制御室で異常はない?」
遠くから通信が入り、「こっちも何とか保ってる。エネルギー供給の配分を最適化中……落ちないで、お願いよ」とアニタの声が微かに聞こえる。
そのやり取りを聞いた作業員たちが、やや安堵のため息をついた。今だけは持ちこたえているのだ。それを合図に、区画を封鎖するための壁材運びを再開する。誰も口数は多くないが、その動きは強張った焦りを帯びている。突貫作業だからこそ、集中力を緩めれば取り返しのつかない事故が起こり得る。
「こういう時、衝突が起きないだけ奇跡だな」ノーマンが呟く。私は胸中で同意しつつ、視線を廊下へ向ける。周囲には数名の住民が立ち尽くしているが、先ほどより怒りや不満が表に出なくなっている。抑止装置の効果か、それとも皆が“もう抗う力もない”と悟ったのか。どのみち、この期に及んでは私たちの計画を止める人は少ないらしい。
私はチームの一人に声をかけ、計測器を持ち出すよう指示を出す。抑止装置が強化されている分、干渉の直接的な妨害は一時的に和らいでいるかもしれない。そのあいだに、今回封鎖予定の空間内をスキャンし、衝突や不具合のリスクを把握しておきたい。「ライアン、まだそんな時間あるの?」 「あるうちにやらなきゃ。もし干渉の本体が封鎖エリアと異なる場所にいたら、ただの無駄骨になる。スキャンは短時間で済むはずだ」 そう答えると、隊員は渋い顔をしたものの頷いて計測器を抱えていった。皆が疲れ果てた表情をしているが、一つでも可能性を潰さないために動いてくれている。
そのとき、ラボ棟の方向でガンッと金属的な衝撃音が響いた。つい反射的に顔を上げるが、誰も「見に行くぞ」とは言わない。もう何度目か分からない不可解な音に、皆が慣れたように肩をすくめるだけだ。私は唇を噛み、「工事を続ける。あっちにも隊員を送って状況を確認させよう」と心に決める。ノーマンがこめかみに手を当て、「現実感が薄いな、まるで悪夢の中で作業してるようだ」と漏らす。確かに、私たちは悪夢の真っ只中かもしれない。しかし、作業を止めればそれこそ全てが終わる。私はダン、と足を踏み鳴らし、「悪夢でも動かなきゃ変わらない」と自分にも言い聞かせた。
何が起こるか分からないが、とにかく最後までやりぬくしかない――そう思い、私は壁材の端を持ち上げる。視線を上げると、他の隊員たちも私の方を見て、わずかに気力の灯を宿した目をしている。みな同じだ。恐怖を抱えながらも、突き進むしか道がない。押し黙った空気の中、金属フレームとボルトがガチリと噛み合う音が染み渡るように響いた。
“これが抑止のための大工事だ”と言い聞かせながら、一つずつ壁材を組み立て、ケーブルを繋いでいく。居住区を削る痛みは大きいが、いま必要なのは決断だ。もしこの一線を越えられれば、私たちのコロニーは――たとえ不完全でも――干渉から生き延びる望みが出てくる。その思いだけが、荒んだ心を支えていた。
やがて壁材が大半組み上がり、照明がまた一度ふっと暗くなる。抑止装置が増幅負荷に耐えきれなかったかと肝が冷えるが、数秒後には保安灯が点き、どうにか正常値を回復する。皆が短い安堵の息をつく。私は手首の端末を見やり、時間の感覚がだいぶ狂っていることに気づいた。昼だか夜だかもはや区別が曖昧だ。コロニーの輪郭がぼやけているかのような錯覚すらする。しかし、壁材に触れている指先だけは確かな現実感を伝えてくる。 「少しずつだが……前に進んでるんだよな……」独り言を呟いた瞬間、ノーマンの遠い声が呼びかける。「ライアン、次のケーブル持ってきたぞ。上部フレームの締め付け、手を貸してくれ!」
「分かった! 今行く!」
大工事の響きがコロニー内部にこだまするなか、私たちは振り向くことをやめて、ただ夢中で動いていた。いつか、この突貫が報われると信じて。たとえ不完全でも、抑止できる形を成立させれば、ここはまだ希望の場所であり続けられるはずだ。
そう信じたいからこそ、私は金属の重量を感じながら身体を動かし、汗で濡れた髪を振り払って先を急ぐ。かすかに震える足を踏ん張り、何度でも壁を積み上げる。それこそが、いま私ができる最大限の闘いだった。