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【AI小説】サイコホラーSF「アストラル・リンク - オリジンの記憶」#8
仮設の抑止装置がかろうじて動いている区画は、荒廃しつつあるコロニーのなかでは唯一ほっと息をつける場所だった。いまのところ、本格的な干渉の波は抑えられているように見えるが、この状況に安堵しきれる者などいない。あくまでも一時的な防護であり、いつ破綻してもおかしくない脆さをはらんでいることを、私たちは嫌というほど理解していた。
明滅する照明が壁を薄黄色く染め、足元には金属製の仮設パネルが幾重にも敷き詰められている。どれも切り貼りしたような痕跡があり、鈍い光沢を放つその表面には、焦げ付いた跡や細かい傷が残っていた。隊員たちの必死の作業が、この簡易バリアをかろうじて形作っている。
私は先ほどまで書類とにらめっこしており、頭痛と倦怠感が入り混じった状態だった。だが、ここで休んでもいられない。より大きな対策として「隔離」の構想が本格的に検討され始め、具体案を詰める段階に入った。
「抑止だけじゃ根本的解決にはならない。どこかに潜んでいる干渉の核を、区画ごと閉じ込めなければ……」
そんな考えが隊のあちこちで交わされ、ついに大掛かりなフィールド展開による“隔離”の試作プランが話題に上がり始めたのだ。私もそれを推し進める立場として、隊員たちの意見を聴取し、作業手順をまとめなければならない。
準備区画の一角に行くと、ノーマンが重そうな機材を運び込むところだった。脇に何枚もの鉄骨フレームを抱え、顔には汗が滲んでいる。私が声をかけると、彼は苦笑しながら言った。
「まったく大仕事だ。コロニー内部を二重三重に仕切るなんて、本来は月単位の工程だろうに……。しかも負荷に耐えられる保証がないんだ。ほんとにやるのか?」
「やらなきゃ、もっと危ない状況を招くだけさ。いま抑止装置が保っている間に手を打たないと、またあの不可解な力が一斉に襲いかかるかもしれない。」
私の言葉に、ノーマンはタオルで汗をぬぐい、「分かってる。だから無茶を承知で動いてるんだ」と呟いた。
彼が積み上げている資材の中には、もともと居住区拡張に回すはずだった金属パネルや耐候プレートが含まれている。要するに生活インフラを犠牲にしてでも、コロニーを隔離できる空間を作ろうという算段だ。もしこれに失敗したら、日常生活へ戻ることすら難しくなるかもしれない。それでも、多くの隊員が「この一手に賭けるしかない」と同意している。
「隔離が成功しても、干渉の正体自体が消えるわけじゃないが……」ノーマンが苦い声で続ける。
「最悪の場合、正体不明のまま抑え込むしかないだろう。駆逐できない以上、動けなくしてしまうんだ。理想とは程遠いが、今の開拓隊が打てる最善の策だろう?」
私自身そう言いながらも、この“隔離”にどれほどの意味があるのか、内心では自問していた。果たして本当に隔離できるのか? もし逃れた干渉が別の区画を蝕み続けたら、結局同じ苦痛を繰り返すだけではないのか?
雑念を振り払うようにして、私は仮設テーブルに広げられたプラン図を眺める。そこには複数のバリア展開点とエネルギー増幅用のユニットが書き込まれ、その周囲を分厚い壁材で囲む案が示されていた。
「この案だと、コロニー中央部を基準にして放射状に仕切りを入れ、そこへエネルギーフィールドを通すわけか……。うまくいけば、干渉が入り込んでいる領域をまとめて封じ込める可能性がある。」
私がそう独り言ちると、書類を手にしていた隊員の一人が不安げにつぶやく。「ですけど、もし干渉が中央部じゃなく、もっと別の層に広がっていたら、どうなるんです? 結局仕切りの外から回り込まれませんか?」
「その可能性はある……。どんなに頑丈な壁を築いても、相手が何でもできるなら突破されるかもしれない。」私は本音を隠さずに返した。
すると隊員は落胆した顔で、「なら意味がないじゃないですか……」と言いかけて黙り込む。彼の気持ちはよく分かる。私だって“完璧に抑え込む”などという自信は持てない。
「それでも、やるしかない。いまの抑止装置だけに頼っていては、いずれ破綻が来るんだから。」
隊員はうなずくでもなく、うつむいたまま去っていった。私はその背中を見送りながら、胸の奥に痛みが走る。リーダーとして、あまりに無責任な方針を押しつけているのかもしれない。しかし、それを超える危機感が私を急き立てる。ここで立ち止まっていては、コロニーが完全に崩壊してしまう。
隣ではアニタが足早に現れ、地図を指差した。「空調と電源ラインの割り振りは決まりそうよ。隔離を実行するとき、どの区画を犠牲にして、どこを残すか――その選定が複雑だけど、なんとか目処が立ち始めた。とはいえ……相当に荒っぽい手段になるわね。」
「荒っぽいのは分かってる。でも、開拓隊員たちが限界を迎える前に、どうにかしなきゃならない。」そう言いながら私は地図を見直す。実際、この新しい計画では、いくつかの区画を事実上“捨てる”ことになる。そこを封鎖し、隔離ゾーンを中心部に敷くという構図だからだ。
アニタもため息まじりに言う。「いずれ、後々の復旧作業を考えると大きな負担になるわよ。下手するとコロニー機能が半壊状態に陥るかもしれない。」
「分かってる。それでもこのままじゃ、全壊を迎えるのと紙一重だろう?」私がそう返すと、アニタは目を伏せ、「そうね」と苦く笑う。誰もがハイリスクを承知で進む状況は、初期開拓時代ならではの厳しさだ。
そのとき、廊下のほうから軽い衝撃音が響き、警告ブザーが一瞬だけ鳴りかける。抑止装置のモニターに視線をやれば、エネルギーレベルが数値上やや乱れていた。
「まずい、また干渉が揺さぶりをかけてきたのか……」ノーマンが駆け出し、確認に向かう。私とアニタも後を追うが、途中ですれ違う隊員の表情がひどく険しい。きっと誰かが小規模パニックを起こしているか、あるいは設備が勝手に動作不良を起こしたのか。そのいずれにせよ、ここではもう珍しいことではなくなっている。
「あとどれだけ隊員が踏ん張れる……?」私は心の中で毒づくように問う。状況は不安定な抑止装置にかろうじてすがり、さらに大規模な隔離へと踏み出す二正面作戦。半数以上の隊員は疲労困憊で精神的に追いつめられている。
ただ、絶望するにはまだ早い。隔離が実現すれば、苦しんでいる人々を干渉から切り離し、幾分まともな日常を取り戻すチャンスがあるかもしれない。
アニタもまた歩幅を速めながら、「隔離……成功させないと、どのみちもう戦えないわね」と低く洩らす。
「そうだ。それが最後の勝負になる。」私は意を決したように言い、照明の揺らぎをかいくぐって、奥へと進む。
こうして私たちは、本格的に隔離計画をスタートさせる運びとなった。より強固なフィールドを築き、干渉の震源をコロニーの一部へ押し込めることができれば、少なくとも被害を最小限に留められる。もちろん、その後どうするかは先の話だ。
だが、いまは後先を考える余裕などない。生き延びるために最優先でこの手を打つ――その一点のみが、崩れかけた意志を辛うじて繋ぎとめる糸となっていた。
薄暗い廊下を走る足音の向こうで、抑止装置のランプが再び点滅するのが見える。あの装置も、そろそろ限界に近いのかもしれない。すべての工作が間に合うのか不安で押し潰されそうになるが、私は口を引き結んで先へ進む。
「信じてくれ、これは希望なんだ……」
誰に言うともなくつぶやき、隔離の青写真を胸に抱えて。すべての時間が迫っている気配がある。すでに“未知の脅威”は、私たちを取り巻く空間のあらゆる綻びを嗅ぎ当て、静かに、確実に侵食を進めているのだから。