【AI小説】サイコホラーSF「アストラル・リンク - ガイアの浸蝕」#2
室内の空調が少し生暖かい。何度も微調整したはずの温度設定が微妙に狂っているのか、リア・ハーパーは首まわりにじんわり汗を感じていた。植物成長の誤差を調べるため、朝から端末と睨めっこしているが、先ほどダニエルに相談しても要領を得ないまま。ささやかな疑念が胸の中で膨らんでいく。
「朝のうちにエンジニア区画へ行ったけど……結局、センサーの不具合とは言い切れないらしいし」
誰にともなくつぶやきながら、リアは植物室のデータログを一括ダウンロードして、時系列順に並べ始めた。観測開始から昨日までに取得した膨大な数値をざっと比較してみる。
ざわざわした違和感が、画面越しに視線にまとわりつく。数値の“改竄”とまではいかなくても、一部が人工的に書き換えられたように見える痕跡がある。通常ならバックアップと突き合わせれば一目瞭然のはずなのに、バックアップ側にも同じ痕跡が残っている――まるで初期段階から少しずつ修正されているようだ。
「誰がこんなことを……」考えあぐねながらも、リアは即断せずに冷静さを保つ。コロニー内でデータを書き換えるには相応の権限が要る。だが、わざと植物の成長ログを操作して何の得があるのか。いたずらにしては不気味すぎるし、ほんの数パーセントの微調整なんて労力に見合わない。
そんな思いを抱え込んでいると、背後からエマ・ルイスの柔らかい声が聞こえた。「リア、来客よ。ダニエルじゃなくてアンドリュー管理者だけど……さっき廊下で会ったとき、少し話したみたい」
リアは軽く首を傾げる。「アンドリュー管理者が? 何の用かしら。私は彼に直接報告していないけど……」
エマは小声で肩をすくめ、「さあね。『研究進捗を確認したい』って言ってたけど、妙に急いでいるように見えたわ。」と耳打ちする。
すると、すぐにドアが開き、アンドリュー・ケント管理者が姿を現した。彼は以前から“少々気難しいが、コロニー運営の経験は長い”と評されている人物。ここのところ何かに苛立っているらしく、表情が固いままだ。
「リア、少し話を」
彼の言葉は鋭さを含んでいて、リアは思わず端末から目を離す。「はい、何かありましたか?」と促すと、アンドリューは視線を巡らせながら声を低める。
「最近、観測ログの誤作動とか、小さな異変の報告が増えている。ダニエルからも『リアがしつこくセンサー不良を疑ってる』と聞いたが……大袈裟に騒いで住民を混乱させるんじゃないだろうな?」
リアはわずかに眉をひそめた。単刀直入に言えば、彼は「不用意に不安を煽るな」と釘を刺しているのだろう。
「私は騒ぎを起こすつもりはありません。でも、実際にログの書き換えらしい跡があるし、植物成長に不可解なズレが継続しているんです。原因がわからない以上、私としては……」
言葉を続けようとしたら、アンドリューが手を振って遮った。「まあいい。君が研究熱心なのは知っている。だが、そういう“誤差”の話はエンジニアかシステム班と協力して地道に解決してくれ。コロニー全体を巻き込む大きな問題じゃないと思うんだ。住民も忙しいから、変な噂を流すなよ」
まるで面倒事を回避するような態度に、リアは軽くうなずくしかなかった。「わかりました。大騒ぎする気はありませんが、もしコロニーに影響のある問題だと判断したら、改めて報告します」
「そうしてくれ。お互い、時間の無駄は避けたいからな」とアンドリューは短く答え、踵を返すように部屋を出て行く。どうやら彼は、コロニーの“平穏”を最優先しているのだろう。リアが感じ取ったのは、「大ごとにしないでくれ」という圧力だった。
ドアが閉まると、エマが苦い顔で「アンドリュー管理者、ああ見えて強硬なところあるのよね。まあ、トップとしては自然な反応だけど……リア、大丈夫?」と声をかける。
リアは静かにため息をついた。「ええ、私も管理者を煩わせる気はないけど……やっぱり妙な感じがするの。小さな不具合がこんなに連鎖してるのは偶然なのかしら」
端末を開いて再度ログを確認すると、半日ほど前のデータが微妙に更新されているのを発見する。誰の手によるものか分からないが、時間軸が書き換えられたような不自然さがある。もうこれはセンサー劣化の範囲を逸脱している気がしてならない。
ふと、植栽エリアからスタッフの叫び声が聞こえ、リアとエマは顔を見合わせる。「行ってみよう」と小走りに廊下を進むと、そこにはダニエルが慌てた様子で立ち尽くしていた。近くのモニターが淡いノイズを発し、画面いっぱいに文字化けしたデータが浮かんでいる。
「ダニエル、どうしたの?」リアが声をかけると、彼は険しい表情でモニターを叩くように言った。「さっき突然、観測装置が再起動して、ログがめちゃくちゃになった。誰かが勝手に操作したのかと思ったけど、端末の操作履歴に残ってないんだ。これ、データが消える寸前だったかも……」
普段冷静なダニエルが焦りを浮かべているのを見て、リアは確信めいた不安を抱える。「やっぱり何者かが意図的に書き換えてるの? それともシステムが自ら壊れかけてるのか……?」
エマがモニターを覗き込み、「ひどいノイズね……こんなのは初めてかしら」と呆然とする。一方、ダニエルは短く息を吐き出し、「今、バックアップから復元しようとしてるけど、どこまで残ってるか分からない。リア、確か植物の成長ログをダウンロードしてたよな? それもヤバいかもしれない、早めに別媒体にコピーを……」と促す。
リアはうなずき、急いで端末を操作し始めた。こうなっては“誤差”程度の問題で済まない。データの消失や改竄がさらに進めば、研究自体が成り立たなくなる可能性がある。
「大きな事件じゃないはず、って言われても……これはただのセンサー故障じゃ説明つかないわ」と心の中で呟く。アンドリュー管理者が「大騒ぎするな」と言ったが、もはや小さい問題ではない気がするのだ。
作業に没頭しながら、リアは微かな吐き気のような重さを覚えた。このコロニーで何が起きているのか、正直言って誰にも分からない。たかが植物の成長ログをめぐる誤作動が、じわじわと大規模な混乱に繋がっているように感じる。
「エマ、ダニエル、ひとまず私の端末にログを一通りコピーしておく。セキュリティを掛けて外部媒体にも落とすわ。二重・三重にバックアップ取らないと……」そう言いながら、リアはキーボードを叩くスピードを上げる。万が一ログが完全に消されたり改竄されたりしても、ここに証拠が残るかもしれない。
隣ではダニエルがパネルを開き、システム班へ連絡を入れる準備をしている。「これ、本格的なシステム障害かもしれない。オレも正直に言って、単なるセンサー不調とは思えなくなってきた。管理者にはどう報告すれば……」
リアは苦い表情を浮かべつつ、先ほどのアンドリューとのやり取りを思い出す。「言いづらいわね。でも、事態が深刻化するなら隠しようもない。少なくとも、私たちは自分の作業を続けるしかないわ」と、視線をモニターに戻す。
エマが低い声で言う。「リア、これって“記録が改ざんされてる”んじゃなくて、もっと怖いことかもしれない。たとえば外部からの干渉とか……」
リアは一瞬言葉を失う。外部干渉? ガイアは比較的安全なコロニーだと信じられているが、そんな保証は絶対でない。
「そこまでは分からない。でも、この不自然さは何か大きな力が動いている可能性もあるわね……」と呟いたとき、エマが「ひっ……」と小さな叫びを漏らした。
「どうしたの?」リアが振り向くと、エマはモニターを指差している。その画面には先ほどまでとは別の数値が乱雑に流れていて、どうやら一瞬、観測できないはずの波形が表示されたらしい。ダニエルもモニターを覗き込み、「なんだこれ……」と絶句する。
リアは端末をまとめて抱え、「とにかく、今この場でできることはログのコピーとバックアップだけ。あとはシステム班が“本格的に”調査してくれないと私たちだけじゃ限界がある。エンジニア区画へ行こう」と指示する。
ダニエルはすぐに動き出し、エマも不安げな顔で頷く。部屋を出る直前、リアは植物室の方へ一瞥を送った。今や植物の葉が不自然にたわんでいる光景が目に入り、ぞくりとした。まるで何かが内部から植物を侵食しているようにも見えるが、こんなの単なる思い過ごしに違いない——そう言い聞かせる。
こうして3人は急ぎ足で部屋を飛び出すが、廊下はさっきより体感温度が上がっている気がした。異様に蒸し暑い。空調の不具合か、それともこの不穏な雰囲気がそう感じさせるのだろうか。
「何かがおかしい……」リアは心でそう繰り返しながら、転がるように廊下を進む。アンドリュー管理者の制止にもかかわらず、もはやこれが大事態に発展する前触れだと直感し始めていた。
ごくわずかな「誤差」の正体は、果たして単なるセンサー不良なのか。それとも、もっと巨大な存在の力がガイアに忍び込んでいるのか。
答えはまだ見えない。けれど、リアの胸の奥にははっきりとした警鐘が鳴り響き始めていた。足元がわずかに揺れるような感覚は、気のせいか。それともコロニー全体が揺らぎ始めているのか——不安を振り払うように、彼女はエマとダニエルを伴って駆け足で先へ進む。