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【AI小説】サイコホラーSF「アストラル・リンク - オリジンの記憶」#9

 隔離計画が動き出してから、私たちは内部を駆け回る日々を過ごしていた。あれだけぎこちなくて不安定だった抑止装置も、今では当たり前のように稼働しながら、周囲からの干渉を何とかしのいでいる。けれど、簡易バリアの維持には限界がある。いま私たちは、その短い余裕のあいだに“隔離”の布陣を完成させようと必死になっている状況だ。

 コロニー内部の空気は依然として重く、どこか淀んだような匂いが鼻を突く。加えて、妙な熱っぽさが肌を覆っていて、薄い汗が額ににじむ。時折、壁面から小さな振動を感じるたび、胸の奥がすくむ。あの不可解な干渉がまた一段階強まっているのか、それともコロニー自体が悲鳴を上げ始めているのか。私には分からない。

 私は地図を確認しながら、仮設のパネルやフレームが積み上げられている作業区画を横切っていく。そこではノーマンをはじめ複数の隊員が、区画に強引に張り巡らす配線計画を検討中だった。声をかけると、ノーマンが疲れきった顔で振り向く。
 「よかった、来てくれたか。そろそろ隔離区画の接続ポイントを絞り込みたいんだが、重力制御ユニットからの線をどこに割り当てるかで意見が割れてるんだよ。」
 地図上では何本ものラインが交差し、メモ書きで真っ赤に染められている。重力制御ラインとエネルギーラインをうまく再構築しないと、隔離フィールドを十分に張る前にエネルギーが枯渇するか、あるいはコロニーの他機能が落ちてしまうだろう。

 「この位置にポイントを集中すると、干渉の巣になってると思われるエリアを丸ごと覆える。けれど、生活区画が犠牲になる恐れがあるわ。」
 そう説明したのはアニタだ。彼女も地図を指さして眉をひそめる。「住民の一部は、この計画に強く反対してるわ。いくら抑止とはいえ、こんな形で日常区画を閉じたら、長く維持できないでしょ?」
 「本当に、安定運用なんて難しいだろうな。けど、いまこのコロニーを壊すか守るかの瀬戸際なんだ。完璧を望んでいたら時間がなくなる。」私は地図を睨みつつ、結局は強引に進めるしかないと腹を決める。

 周囲を見渡すと、何人かの隊員が作業を止めてこちらを窺っているのが分かった。恐らく自分たちの生活圏を切り捨てられるかもしれないという懸念を抱えているのだろう。私はできるだけやさしい声を作り、「すまないが、どうか力を貸してくれ。これが完成すれば、少なくとも干渉が好き勝手に歩き回る状況は抑えられるかもしれないんだ」と呼びかける。
 返ってくるのは微妙な沈黙だけだが、彼らが否定せずに作業を再開する姿勢を見せるだけでも、大きな前進だと思いたい。もう隊員全員が消耗しきっている。ほんの少しの余力で踏ん張ってくれているのが分かる。

 ノーマンが膝に手を置き、「結局、ここらの線を集約して、重力制御ユニットを増強するんだな? ああ、めちゃくちゃ不安定だけど、やるしかないか……」と自嘲気味に笑った。
 「これしかないよ。外へSOSを発信する道も細いし、外部から何の助けも来ないとなれば、コロニー内で解決するしかない」と私は力なく肩をすくめる。
 「干渉を“完全”に潰せるわけでもないのにな。」ノーマンが苦い言葉をこぼすが、それは私自身が最も感じている現実だ。今回の方法は、あくまでも抑止を拡張した“隔離”にすぎない。干渉の正体を知らぬまま、ただ力づくで封じ込めるかどうかを賭けているに過ぎないのだから。

 まるで自分たちが追いつめられ、どうしようもなく野獣を檻へ閉じ込めようとしているような、そんな危うい行為だ。でも、今以上に自由に暴れられたら誰も耐えられないだろう。既に衝突や錯乱は頻発し、抑止装置がいつ壊れてもおかしくないほど揺さぶられているのだ。

 私が地図を指さし、「この辺りなら装置の負荷がまだ許容範囲だ」と提案すると、アニタがすかさず首を振る。「こっちは生活必需の配線が多すぎる。あまりエネルギーを奪ったら住民の酸素や水の循環に影響が出るわ。」
 「かといって、反対側を基準にすれば干渉の本命地域を逃しかねない」とノーマンが補足する。
 しばし意見が交錯し、私たちは作業テーブルで小さな口論を始める。時間がない中で最適解を探すこと自体が困難だ。重力と空調とエネルギーライン、すべてが生活と密接に結びついている。そこを一括で改造すれば混乱は必至だろう。

 結局、「最小限の生活区画を残し、それ以外を隔離壁で繋ぎ、干渉の中心域をまとめて封鎖する」という落としどころに一旦落ち着いた。あまりにもリスキーだが、どのみち失敗すればコロニーは滅びるのだから……これで行くしかない。私たちは決裂寸前の空気の中、無理に合意を取りつけるように頷き合う。

 「分かった。すぐに重力制御ラインを引き直す準備に入ろう。エンジニア組は幸い抑止装置の維持をしながら手を空けられる者が数名いる。彼らに声を掛けてくれ。」私がそう言うと、ノーマンとアニタは苦渋の表情で応じる。「了解。まさに一か八か、ってやつだな」
 「そうね。一か八かでも、いまは一を取りに行くしかないわ」アニタの声には諦念が混じっているが、それでも前を向こうという意志が見える。

 私たちが立ち上がると、廊下の奥で金属を擦るような高い音が響いた。まるで悲鳴に似ていたが、どちらにせよ何かが行き詰まりを起こしているのだろう。誰も驚かないのが、恐ろしいところだ。
 「行こうか。話してる時間は長くない。この計画が少しでも形を成すなら、いま行動しなきゃ」私が言い、ノーマンとアニタが頷く。それから準備班に指示を出し、追加のパネルや工具を運び出すよう促す。現場の隊員は神経質になりながらも急ぎ足で動きだし、通路にはガタガタと金属がぶつかり合う音が満ちる。

 そうして始まったのは、ある意味で最後の大規模工事だった。生活圏を大きく犠牲にするにもかかわらず、誰も文句を言う余力はない。抑止の範囲が崩れてきたなら、隔離という一手を使うしかない――皆がそう自分に言い聞かせているのがひしひしと伝わってくる。
 私も心の中で「頼む、少しでも効いてくれ」と祈るように念じる。この干渉が内部でどう蠢いているか、その正体に触れられぬまま、ただ封鎖することだけを狙うのは、危険きわまりない。だが、ほかに策が見当たらない以上、開拓隊は腹をくくるほかないのだ。

 抑止装置を維持してくれている仲間が、「これ以上の負荷は危ない!」と声を張り上げるのが聞こえるが、みんな行動を止めようとはしない。人間は、追いつめられると案外踏ん張るものなのかもしれない。
 気づけば私も工具箱を抱え、隔離予定の壁材の前に立っている。動かしてみると思いのほか重く、額に汗が滲む。周囲には数人の隊員が無言で手伝ってくれていた。
 金属フレームが壁面に固定されると、奇妙な安心感が僅かに芽生える。心なしか、付近で広がっていた息苦しさが少しだけ緩んだようにも思える。はたして気のせいなのか、それとも干渉が観念したのか。真相など知る由もない。

 こうして私たちは、不完全なまま隔離に踏み出す工事をスタートさせた。足音や金属音、誰かの息遣いが廊下に反響する。
 その静まりかけた通路の奥から、もう一度金属がきしむ悲鳴が響いたが、誰も足を止めない。私たちには考える時間がない。とにかく、この苦闘の道を踏みしめて進むしかなかった。

 「これで間に合ってくれ……」
 私のつぶやきは、騒音にかき消された。震える指先を気力で押さえ込み、私は仲間たちとともに、コロニーの内部を区切るための作業へ没頭する。最悪の事態を回避しようと、もがき続けるように――。

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