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カトリーヌ・ポッジ「永別(ヴァレー)」翻訳

以下は、Cathrine Pozzi, « Vale », Œuvre poétique, textes recueillis, établis et présentés, par Lawrence Joseph, Paris, Éditions de la Différence, 1988, p. 25-26の試訳です。さいごに注釈を付けています。


永別

あなたがわたしに与えてくれた大いなる愛
日々の風はその光線を断ち切っていった──
そこに炎があった、運命があった
そこにわたしたちはいた、手を握りあって
   わたしたちはそこに身を持した

わたしたちの太陽、その灼熱は
わたしたちにとって二度とない存在の軌道であり
分裂した魂の第二天であり
半身が消え去る二重の追放であるように思われた

その場所は、あなたには灰であり恐れであるように見える
それに向けられたあなたの両眼は、それを認めなかった
傷つけられぬ場所にある魅惑的な天体
わたしたちのただ一度の抱擁の、最後の瞬間を
   未知なるものへ向かわせるあの天体を

だが、あなたが生きようと待ちのぞむ未来は
現にあるのではなく消え去った財でしかない
未来がさいごにあなたへ委ねた葡萄のすべて
あなたはそれを飲んで、ただ酔うことしかできないだろう
   すっかり傷んだ葡萄酒で

わたしはこの世のものならぬ野蛮を、
不安が望みとなる楽園を再び見出した。
時代とともに大いさを増す太古の過去
それはわたしの身体である、そして死ののちに
   それはわたしの分け前となるだろう

身体のうちで、わたしの忘れられた悦楽が
きみの名があったその悦楽が、心の形をとるであろうとき
わたしたちの長い日をわたしは再び生きるだろう
苦痛にかえてわたしがきみに与えた
   あの愛を


VALE

La grande amour que vous m’aviez donnée
Le vent des jours a rompu ses rayons –
Où fut la flamme, où fut la destinée
Où nous étions, où par la main serrée
    Nous nous tenions
 
Notre soleil, dont l’ardeur fut pensée
L’orbe pour nous de l’être sans second
Le second ciel d’une âme divisée
Le double exil où le double se fond
 
Son lieu pour vous apparaît cendre et crainte,
Vos yeux vers lui ne l’ont pas reconnu
L’astre enchanté qui portait hors d’atteinte
L’extrême instant de notre seule étreinte
    Ver l’inconnu.
 
Mais le futur dont vous attendez vivre
Est moins présent que le bien disparu.
Toute vendange à la fin qu’il vous livre
Vous la boirez sans pouvoir être qu’ivre
    Du vin perdu.
 
J’ai retrouvé le céleste et sauvage
Le paradis où l’angoisse est désir.
Le haut passé qui grandit d’âge en âge
Il est mon corps et sera mon partage
    Après mourir.
 
Quand dans un corps ma délice oubliée
Où fut ton nom, prendra forme de cœur
Je revivrai notre grande journée,
Et cette amour que je t’avais donnée
    Pour la douleur.
 
      (Poème, Gallimard, 1959)


[注釈]
(タイトル)
・« Vale »はラテン語で「さようなら」を意味する。本作品と対をなす詩« Ave »が『フランス名詩選』(岩波文庫)では「祝詞(アーヴェ)」と訳されており、ここではそれに倣って「永別」とした。

(第1連)
・La grande amour:amourは男性名詞であるが、ここでは女性名詞としてもちいられる。ヴァレリーと同様の用法。
・ses rayons:« ses »は« La grande amour »を指す。「その愛の光線」。第2連における「太陽」の出現を先取りする。
・Où fut …のリフレイン:「その光線のうちに、……があった」の意。「……はどこにあったのか」という疑問文の響きを含むか。
・ここでの「わたしたち〔nous〕」は、「わたし」と「あなた〔vous〕」。ふたりは「光線」のなかで親密な関係をむすぶ。だが、その光線を「風」が「断ち切った」。
・現在形は使用されず、過去時制のみ(大過去、複合過去、単純過去、半過去)。

(第2連)
・Notre soleil:「太陽」は、一方で、その不動にみえる純粋な「光線・光明」によって「わたしたち」の親密さを示す。だが他方で、「太陽」は「軌道」を描いてやがて離れてゆく過渡的な存在であるから、「わたしたち」の離別を暗示してもいる。
・ardeur:「(愛の)熱情」とも読める。
・une âme divisée:「分裂した魂」は片割れを、つまり「半身〔double〕」を求める。
・le double se fond:se fondreは「熱で溶けてなくなる」の意。近づきすぎた「太陽」に溶かされるイメージ? あるいは、光が強すぎて像が見えなくなるといった感じだろうか。

(第3連)
・Son lieu:« son »は前連の« Notre soleil »を指すか(ここまでポワンが打たれておらず、文が完結していないことも根拠となるように思われるが……)。「太陽」は過ぎ去って「半身」との結びつきを消失させた(焼き尽くした?)ので、そこには「灰」しか残らない。あるいは、「太陽」がそのような存在であることを「あなた」は最初から分かっていたため、「わたし」との離別、合一の消失を先取りして、「灰」と「怖れ」しか見ていなかったということか。
・ne l'ont pas reconnu:直接目的語« le »は« lui »と同じく« Notre soleil »を指すか。
・hors d'atteinte:文法的には破格的だが、« L’astre enchanté »にかかると解釈した。
・l'inconnu:「未知なるもの、見知らぬもの」。

(第4連)
・第4連/第5連は、「わたし/あなた」のコントラストに貫かれている。「太陽」が去ったのち、「あなた」がのぞむ「財=善〔bien〕」とはすでに「消え去った」、「失われた」ものでしかない。「あのときをもう一度……」みたいな感じ? でもそれが叶わないので、惨めにもワインで「酔う」しかない。
・il vous livre:« il »は« Notre soleil »を指す?

(第5連)
・だが「わたし」は、「太陽」が周期的な存在であることを知っている。
・sauvage:愛が「野蛮」的であること。
・Le haut passé qui grandit d’âge en âge:「あなた」と愛を交わしたかつての時は、すでに「太古の昔」のこと。
・その〈かつて〉は、「わたしの身体」として〈いま〉あると同時に、死後の「分け前・宿命〔partage〕」として〈未来〉を予示する。未来における合一を暗示するが、それは確約ではなく、ただ「わたし」の遥かな願いとして持続しうるものでしかない。

(第6連)
・「あなた」にかわって「きみ」が出現する。ただし、「きみ」は主格(tu)としてではなく、所有格や目的格としてあらわれるのみで、実体的にはとらえられていない。つまり、「きみ」は「あなた」とはちがって、あくまで仮想的な存在。
・ma délice oubliée:かつて交わした愛の「悦楽」は「忘れられ」ている。「悦楽」に結びついた「きみの名」も不確かであるため、「きみ」は主格としてあらわれない。なお、déliceはたんなる「快楽(plasir)」ではなく、無常の歓び、歓喜、恍惚や陶酔を意味する。
・Quand dans un corps ma délice oubliée:「心」は「忘れ」ても「身体」は覚えている、みたいな?
・「きみ」をめぐっては、二つの仕方で解釈が可能である。まず、「きみ」は「あなた」と別の存在でありうる。このばあい、「きみ」とは「あなた」ののちに「わたし」が恋に落ちる相手である。つぎに、「きみ」は「あなた」と同一の存在としても解釈できる。つまり、二度目に出会う「あなた」が、「わたし」にとってより内的かつ親密な存在となって、「きみ」と呼ばれるようになる。
・notre grande journée:« notre »は「わたし+あなた」か、それとも「わたし+きみ」か。文法的には後者として読めるが、どうか。
・ cette amour que je t’avais donnée:第1連の冒頭« La grande amour que vous m’aviez donnée »とコントラストをなす。二つの「愛」が同じひとつのものであるとしたら、「きみ=あなた」の仮説のほうがより妥当と思われる。
・Je revivrai:動詞の単純未来形は、ここでは、「……となるだろう」という予告や推測というよりも、主体の願いないし欲望を含意する。

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