【小説】-小指の神様⑧Door to the past
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家に辿り着くまでのことは、ほとんど覚えていない。
鞄も置いてきてしまい、手元にあるのは携帯だけ。小指がモバイルSuicaで電車代を払い、ふらつく私の代わりに神様が自宅まで送ってくれた。
駅からいつもの道を歩き、公園を横切る。思いのほか風が冷たい。公孫樹が、その黄色い掌を、空の青さに抵抗するように上方に拡げていた。
一ヶ月近く、家を空けていたことに気づく。
腕に軽い痛みを感じてこっそり見ると、駆が握ったところが赤くなっている。触ると、何かがしゅるしゅると音を立てて近づく音がした。
いつかと似ているようなどこか違うような。
思考の隅っこで、目配せした小指と神様がひそひそ話をしている。
記憶の引き出しを指先で探りながら、郵便局の前を通って、お寺の角を曲がる。そうしてマンションの三階まで上がり、ようやく玄関の扉を開けると、そこは家ではなかった。
懐かしい匂いのする梢さんの家の、あの座敷だった。