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悪事は全て母が教えてくれた
「もえちゃん。お父さんが買ったお菓子、お腹空いたから1個食べちゃおっか。」
ひとつくらいバレないよ、といたずらに笑いながら母はお菓子の包みを開け、こちらに寄こした。
普段、菓子や甘味類を好んで食べる人でもないし、仕事帰り毎度のようにスーパーに寄っては小遣いの半分以上を菓子類に注ぎ込んでいる父に向かって叱っている時もあった。だから、まさか母からこんな事を言われるなんて、と驚いた。
父のお菓子の隠し場所はキッチンのコンロ下、調味料が沢山入った戸棚の中だ。私と弟、そして父の3人だけが知っていると思っていたそれを、母はあっさり見つけてしまった。
咄嗟に、隠れてお菓子を買い続けている父も、それを知っていた私と弟も怒られてしまうと思ったが、母は叱責どころか、「こんなの隠してないよねぇ。バレる前に食べよ。」と、床に座り込み2つ3つと菓子を口に放り込んだ。
厳しいだけだと思い込んだいた母も、人間なんだと思いながら2人で食べたお菓子。見つからないかという緊張感と同時に味わったのは、弾む心だった。ワクワクに味があるとしたら、きっとこれだ。
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思い返すと、母はいつも私に悪い事や突拍子もない事を教えてくれた。
「柿はぐじゅぐじゅに熟されたものを、ヘタ取ってスプーンで掬うのが1番美味しいんだよ。見た目が酷いから悪い事をしてる気分になって、それがまたいいんだよ。」
「枯葉踏むと美味しい音するでしょ!うるさいって怒られるけどそれが何だだよね〜」
「アルミホイル食べると、歯がキーンってするよ。」
「学校で無視されたの?じゃあそいつの顔面をグーで殴ってこい。」
「平手打ちはね、裏手で叩くと勢いが付いて余計痛くなるから、そうしなね。」
「皮ごと齧り付く果物って1番美味しい。」
「嘘は突き通しなよ。ほんとになるから。」
「人間ね、生まれる時もひとりなんだから死ぬ時もひとりなんだよ。」
「その友達って、もえのために死んでくれるの?死にもしない奴の為に動く事ない。君のために死ぬのは親だけだよ。」
「何かあったらすぐ言いな。お母さんがその子のとこ行ってぶん殴ってきてやるから。」
「仕事なんて辞めればいいんだよ。もえがいなきゃ回らない会社も社会もないんだから。」
母は笑っている。何を言っても、何をしても、常に笑っている。大胆で、だけどとても繊細。真面目で不真面目。丁寧なのに不器用で投げやり。威厳がある様に見せられるだけで、本当はとても小心者。馬鹿なフリが上手い秀才。言葉では表せられない、内側の弱いところも包み隠さず全てを見せてくれた強い人だ。
「私自身はもうすぐ50歳になるけど、お母さんは26歳だから一緒に成長してくんだよ」
当たり前でしょ?なんて顔をする。だから、頼らないで一緒に解決してこう。
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ドラマや書籍、漫画なんかで目にする“母親”と、家にいる母は何一つ同じところがない。母であり、母ではない何者か。そう思い、私は早々に「お母さん」と呼ぶのをやめた。
「なんでお母さんじゃなくて名前で呼ぶの?」と聞かれた時、だってお母さんって感じしないから、と言う私に対し大きな口を開け笑った。母親なんて小さな枠になんか納まりきらない母を、いつまでも閉じ込めておくのは勿体ない気がした。
正しい事なんて耳が痛くなる程聞いた。そのどれもが、今の私には何の役にも立っていない陳腐な物だった。
悪戯をする時の母の顔と、教えてもらった悪い事全て。私を構成する大切な部分は母からの悪事だ。