ペペシのアメリカ留学・その3😆✨
ソルトレークシティーへ到着した私を待っていたのは、総勢10名の大家族!
Dad、Mom、そして9人のうち8人の子どもたち。
22歳の長女はすでに自立して、たしかカリフォルニアの方へ行っていたため、結局最後までお会いすることはありませんでした。
それでも8人の兄弟と一緒に暮らすわけで、それはそれは賑やかなものでした😅
最初にとまどったのは、私の名前の呼ばれ方。
私のFirst name は「たかし」で、ローマ字で書くと「Takashi」。
多少のイントネーションなどの違いはあっても、ローマ字をそのまま読めば「たかし」になると思っていたのに・・・
だれも「Takashi」を「たかし」と言ってくれません😭
だいたいが、「たき~し」とか「たけぃし」みたいな感じで私を呼びます😂
いやいや「たかし」だよ、とちゃんと声に出して教えると、今度は「たくぁし」みたいになる。
結局家族からは、「たくぁし」で落ち着きました🤣
さて、私を快く受け入れてくれた総勢10名、大家族のホストファミリー。
Dadは、いわゆる労働者。当時はきちんと理解できませんでしたが、おそらく大きな農家に雇われて働いていたのだと思います。
Momは・・・何してたんだろう?小さな子はいたけど、決して専業主婦ではなかったような気がします。忘れてるだけかな?よく覚えてません。
そして、アメリカ生活の一日目。朝食のとき、いきなり私は大きなカルチャーショックを受けることになります。
みんなで大きなテーブルを囲み、朝食前のお祈りをしました。これはこれで初めてのことでしたが、モルモン教を信仰していることは承知済みですし、「いただきます」みたいなもんだと、さらっと受け入れられました。
朝食として出てきたのは、温かそうな湯気が立ち上るお粥。
おぉ、アメリカでもお粥があるんだ!と、第一印象は最高の気分😍
ワクワクしながら、一口、、、、、
必死になって我慢しましたが、おもいっきり涙目です😂
私がお粥だと思って食べたのは、オートミール!🤣
ある程度、塩気があると思っていたのに、こってり甘かったのです!😱
人間、想定していたのと実際の味が違うと、あんなに衝撃なんだということを、生まれて初めて体感しました。
口にしたその瞬間に、えずくことを我慢できませんでした🤢
「んぐっ・・・」
涙目になりながらも、なんとかテーブルの上を汚すことは避けられました。
けれど、それを残さずに食べ終えるのは、なんと苦しかったことか😅
さしづめ今で言えば、バツゲームのような感覚です。
こうして私のアメリカ生活、第一日目が始まりました😁
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