一緒に探して【改訂版】
女性のHは数年前、都内にある駅ビルの書店で働いていた。そこで不思議な体験をしたそうだ。それはHが店の閉店作業をしていた時の事だ。既に店内には客は居らず、締め作業も終え、本人と同僚社員の2人以外は帰っていた。翌日の商品陳列のチェックをするため、退勤前に売り場に向かった。すると急に「ねぇ」と子供の声で呼び止められた。
彼女が後ろを振り向くと、書籍が並べられている棚の横から小さな子供の顔が飛び出してきた。4歳ぐらいの女の子だったそうだ。Hは、その子供を見た瞬間、身体から汗が噴き出るほどの気持ち悪さを感じた。真夏だと言うのに季節外れの赤いセーターと長ズボン姿だった。そして艶のあるオカッパ頭をフルフルと震わせ、薄笑みを浮かべていた。
Hは直感的に、「この子は普通じゃない」と感じた。それもそのはず。既に閉店時間は一時間以上も過ぎている。売り場どころか、ビルに子供など居るはずがないからだ。子供に気取られぬ様、「何してるのお嬢ちゃん?」と明るく声をかけた。すると子供は流暢な言葉遣いで「お母さんが見つからないから一緒に探して」と返事をした。
「この子の言う事を聞いちゃ駄目だ....」
Hは作り笑顔で「お姉さん忙しいから手伝えないよ」と話した。すると子供は急に大人びた低い声で「あっそ」と真顔で返し、続け様に、「なら、あんたがお母さんになりなさいよ」と彼女に歩み寄った。子供とは思えぬ、あまりの険しい形相にHの腰は砕けた。そして手を引かれそうになる瞬間、後ろから同僚の「おーい!終わったかぁ?」と言う呼ぶ声が聞こえた。すると子供は「チッ」と大きな舌打ちをして目の前から消えてしまった。
同僚は腰を抜かし、倒れているHを見て驚いた。
彼女の身体は尋常でないほど汗をかき、ワイシャツから滴り落ちる程だったそうだ。一部始終を同僚に話すが信じてもらえない。なら売り場の防犯カメラを見てみようとチェックをするが、画面にはただ一人で呆然と立ちすくみ、倒れ込むHだけが写っていた。あの子供は何者だったのか?あの時、もし一緒に母親を探していたら、どうなっていたのか。言い知れぬ恐怖を感じた。あの険しい顔も頭にこびりついている。Hはその出来事の後、すぐに移動願いを出した。あの子供が現れるかもしれない恐怖で。そして幸いにも移動願いは叶った。それから特に何もなく移動先の職場で働く事が出来た。今は職場を退職し、一人の娘の母だ。最近気がかりなことがある。娘の顔が自分にも夫にも似ていない。日に日に、あの時に遭遇した少女の顔に似てきている。今日もベッドから顔を出し、険しく大人びた表情でHを睨みつけている。
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