映画『麻希のいる世界』 (ネタバレ感想文 )向井センパイなら天才に決まっている
向井秀徳がNHK「The Covers」で「飾りじゃないのよ涙は」をエレキギター一本でカバーした際に「井上先輩、中森先輩の曲を歌います!」言うとったもんだからセンパイと書いてしまいましたが、私より年下でした。
そういや、宮崎あおいタンと蒼井優センセイが奇跡の共演を果たした『害虫』(2002年)でもNUMBER GIRLが音楽を担当してましたね。『カナリア』(2005年)は主題歌が向井秀徳。本作の劇中歌は向井秀徳が作ったそうだから天才に決まっている。繰り返される諸行無常、よみがえる性的衝動。
そう考えるとこの映画、『害虫』と『カナリア』の延長線上みたいな印象です。監督曰く、元の企画意図は『さよならくちびる』(2019年)のスピンオフだったそうですが。
なるほど、この映画の主演二人は、『さよならくちびる』に出てくるファンの子たちなのね。正直あの映画、あのファンの子のエピソードで映画のリズムがおかしくなってた気がするんだけど、それほど監督の思い入れが強かったんですね。
惚れ惚れする演出
私は塩田明彦ファンです。
『どこまでもいこう』(1999年)で見初めて以来、新作公開を常に楽しみにし(全部じゃないんですが)劇場に足を運んでいます。
しかし先にお断りしておきますが、今回は苦言を呈します。
塩田明彦の何が好きかというと、その的確で上品な演出です。
カメラワークや画面の切り取り方に「なぜこう撮るか」という意志を感じます。撮影・編集の教科書と言っていいくらい。
例えるなら、小説家の文体、画家や漫画家の絵のタッチみたいなものですかね、それが好きなんです。決して個性的・特徴的なわけではないんですが。
この映画のアヴァンタイトルなんて完璧。
目の前に海(=開けた世界)があるのに、由希はそこへ踏み出すことをしない。前へ進むことを躊躇し、振り返る。そこに麻希がいる。
そしてタイトル『麻希のいる世界』 。
惚れ惚れする。
ただ今回はね、マンガで言うなら「相変わらず絵は巧いんだけど、話がちょっとな」の巻。
人生の不条理
私は、「塩田明彦は人生の不条理を描く作家」だと思っています。
彼の映画は常に、生きる者に苦痛を与えます。生きるのは苦しいことだと描写し、「それでも生きろ」と言う。
「人生の不条理」とは、生まれながらに背負った不利益、あるいは、本人の意志や行動と無関係に与えられた不利益です。
宮崎駿が『もののけ姫』(97年)でアシタカの右腕にかけた呪い。あれです。
この映画の少女2人とも、病気や親といった「人生の不条理」を抱えています。これはまさしく塩田映画らしい塩田映画です。
先に『さよならくちびる』を引き合いに出しましたが、確かに女性2人(プラス男1人)と音楽という共通点が多い。『さよならくちびる』もなかなかに「人生の不条理」を抱えた話でしたし、みんな大好き小松菜奈もトリッキーなキャラクターでしたしね。
でも私は、思春期の少女という点で『害虫』にも類似性を感じます。
あの映画では「人生の不条理」を抱えてもがくあおいタンに手を差し伸べるのが蒼井センセイで、この映画で言えば麻希に手を差し伸べる由希の関係に当たるのですが、映画を進行する視点は逆なんですよね。この映画は手を差し伸べる側の由希の視点で進みますが、『害虫』は手を差し伸べられる側のあおいタン視点で話が進む。
なので私は、『さよならくちびる』のスピンオフでありながら、『害虫』の裏側でもあるように感じます。
いま、令和ですよね?
岩井俊二と比べたら少女の扱い方が全然違うんですよね。
例えば『花とアリス』(2004年)は岩井俊二(40)の「キラッキラした女の子撮りたいっ!」感がハンパないし、『ラストレター』(2020年)は岩井俊二(56)の「キラッキラした女の子撮りたいっ!」感がキモチワルイ。
ここで岩井俊二をディスる必要は全然なかったのですが、岩井俊二の描く「美少女」が「光」や「白」のイメージなのに対し、塩田明彦の描く「思春期」は「闇」や「黒」のイメージです。
ただ、この映画で塩田明彦が描いた「人生の不条理」「闇や黒の思春期」が、今時の「思春期の閉塞感」とリンクするかと問われたら、正直どうかな?「昭和臭い」と思うのは私だけでしょうか?
そもそもキャラクターの名前もね、由希と麻希でしょ。男の子は祐介。
演じてるのは、ゆづみに麻鈴に愛流ですよ。
由希とか麻希とか名美とか(<それは石井隆)、ネーミング(ひいてはキャラクター)からして「いま」じゃない。
「昭和臭い」と書きましたが、正しくは1990年代の単館上映映画あるいは小劇場的な匂い。この90年代の「内省的な彷徨」話は、外交的な(軽薄短小な)80年代カルチャーのカウンターで、70年代的なものの復権だったと思うんです。塩田明彦が『風に濡れた女』(2016年)でリブートした70年代の日活ロマンポルノ的な感じ。田中登とかのね。
これが『害虫』『カナリア』の2000年代だったら、まだ「90年代の残り香」は許容範囲でした。でも、それから20年も経ってるんですよ。
40歳でもギリなのに50歳半ばでキラッキラした女の子をウッヒャウッヒャ撮ってたらキモチワルイのと一緒ですよ。あ、またディスっちゃった。
言っときますけど、好きですよ、岩井俊二。
『リップヴァンウィンクルの花嫁』は2016年の俺のナンバー1映画。
マクガフィンが過ぎる
あと、余計なことを語らない、語り過ぎない、というのはいいことだと思うんですが、語らな過ぎるのもどうしたものかと。
そもそもどんな病気なのさ?
その仕込みアンプは何?いつ、どうやったの?
なんだかんだ言うとりますが2人とも「父親」の実体は見せないよね(意図的かもしれませんが)。自殺未遂したとかいう同級生も。
そういや自殺未遂したお母さんどうした?
いろいろどうした?どうなった?
確かに、どれもこれも知らなくともストーリーに影響はないんですよ。
ヒッチコックが言うところのマクガフィン。
スパイが鞄を狙っていることさえ分かれば、鞄の中身は何だっていい。
癌でも白血病でもかまわないんですけどね・・・。
マクガフィンが過ぎる!
(2022.02.06 渋谷ユーロスペースにて鑑賞 ★★☆☆☆)