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映画『自由の幻想』 (ネタバレ感想文 )とことん“神聖”を馬鹿にした映画

ルイス・ブニュエル後期6作品のデジタルリマスター版特集上映で鑑賞。
ブニュエル翁好きなので可能な限り通いますよ。目標(最近何度か観た『昼顔』以外)5作品コンプリート。ま、全部再鑑賞だけど。『銀河』はやってくれないのねえ。

『自由の幻想』を観るのは30数年ぶり。

「この映画の題名は、カール・マルクスとわたしが共同で作ったものだ」

ルイス・ブニュエル

何を言ってるんだか。グルーチョ・マルクスならまだしも。
あ、これ、言いたかったんだ。ベン・アフレックが監督した『アルゴ』(2012年)で出てくる台詞なの。

「誰の言葉だ?」「マルクス」「グルーチョか?」

『アルゴ』

ルイス・ブニュエルという人は・・・

とことん人を喰ったふざけた爺さんです。人を煙に巻いて楽しんでるんですよ。「ブニュエルジーの秘かな愉しみ」と言ったのは宇田川幸洋だったかな?
(ブニュエルの人物紹介はしませんよ。知りたければ今回の特集の公式サイトなりウィキペディアなり、各自ご覧ください。)
そして、私の映画好きの方向性を誤らせた元凶です。多感な思春期にこの人に出会わなければ、今頃は「ヒャッホー!」言いながらアベンジャーズとか観ていたことでしょう(<たぶんなってない)。

ブニュエル翁が1983年に他界し、翌年以降日本でも特集上映が組まれました。その流れの一つで(正確には2番館上映で)当時大学生の私はブニュエル作品に出会ったのです。
以下、私の備忘録めいたことを書きます。
四方田犬彦曰く「ブニュエル元年」の1984年、この年にぴあが大回顧上映を開催するまで日本ではメキシコ時代のブニュエル作品はほとんど紹介されていなかったそうです。私の記憶でも、当時はメキシコ時代の情報はほとんどなかったし、「ブニュエル暗黒時代」という文脈で語られていたように思います(実際はそうではなかったのですが)。

今回の特集上映にメキシコ時代の作品はありませんが、後期作品、いやブニュエル自体も、「ブニュエル元年」以降に日本で広く知れ渡ったように感じています。
今にして思えば、それがポイントでね。
特に後期作品は(70年代ですが)、80年代の日本のカルチャーにハマったんじゃないかと思うんです。
80年代は「軽薄短小」などとも言われますが、いい大人がふざけているのが面白い時代でした。例えばタモリなんかがそうですよね。音楽で言えば、70年代(前半)のメッセージ性の強い吉田拓郎ブームから変化し、84年はちょうど第2次井上陽水ブームとなります。
こうした軽薄短小80年代カルチャーの洗礼を思春期にモロに受けた私は、鈴木清順やブニュエル、あるいは井上陽水やみうらじゅんといった「人を喰ったふざけた大人」が好きな体になってしまったのです。どーしてくれるんだ。

表テーマと裏テーマ

この映画はヘンテコです。世にも奇妙な短編がずらずら並べられ、ピンと一本通った筋はない。でも私が思うヘンテコポイントはそこではないんです。エピソードとエピソードのつなぎはやたら丁寧なんですよ。そのくせエピソード中でバサッと大胆な省略をする。なにそれ?そもそも各エピソードのオチは?
でも正直、以前観た時の記憶ではもっとハチャメチャだったように思ったんですが、改めて観たら意外とそうでもなかった。
ブニュエル作品って、変だけど、珍作じゃないんですよ。そもそも巧いし。

ただ、私思うんですけど、「一筋縄ではいかない」ブニュエル作品は、表テーマと裏テーマがあるように思うんです。いやまあ、こっちの解釈の仕方ですけどね。

この映画の表テーマは、文字通り「自由なんて幻想だ」ってことなんでしょうし、穿った見方をすれば「価値観は時代で変わるけど、民衆を力で弾圧するのはナポレオンの時代から変わらない」って話にも思えます。

でもこの映画、処刑&死んだ美女の棺桶を開ける所から始まって、死んだ妹の墓訪問&デモ弾圧エピソードで終わるんです。要約すると「自由くたばれ」と「屍体愛好」。何が言いたいかというと、ハチャメチャに見えて意外と頭と終わりが合っている。そこに意味があるかどうかは知らないよ。喰えない爺さんだから。
で、墓を暴いたことに関して「神聖を汚した」という言葉が出てくる。

神聖?

いや、神聖って、どの口が言ってるのさ。この映画の神父とかどうなのよ。エロいし(下着を枕下に隠すショットいる?)迷惑だしタバコ吸ってカードに興じてるし。
そもそも冒頭で、兵隊が「聖体」をボリボリ食ってるし。
この映画に「神聖」なんてもんは描かれてないんですよ。

加えて(神聖とは違うけど)警察、医者、教師、一方的に家政婦を解雇する雇い主、そして軍隊と、何やら「権威」めいたものが世の中を「汚している」ように見えます。
神聖とか権威とかをとことん茶化して馬鹿にする。それがブニュエル翁。

「行間を読む」なんてことを言いますが、ひどく自由な映画なもんだからどんな解釈も可能で、例えるなら「行間が太すぎる」んですよね。
でも正解は、「解釈しないこと」じゃないかな。
この人の映画は「教訓のない寓話」だから。

監督:ルイス・ブニュエル/1974年 仏=伊

(2022.01.22 角川シネマ有楽町にて鑑賞 ★★★☆☆)

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